どの世界でもそうかもしれませんが、芸術の世界でも”有名”を目指す人が居ます。
もちろん、目指すこと自体は自由ですが、有名の有効範囲とはどこまででしょう?
考えてみれば、誰も定義化できない言葉なんです。
まず第一に、例えば”日本で有名”と言っても、地方まで響いているのか? とても怪しい。
いくら情報化が進んだとは言え、田舎のご老人や若い人でも地方と都内では差異があります。
”日本で有名”の要件を正しく満たすには、日本人口全員が知らないといけないんです。
”世界的◯◯”という言葉もありますが、USAで知られているとしても、ギリシャやアフリカまで知られているのでしょうか。
知られてないならその時点で世界という言葉の定義を満たせず、嘘になってしまいます。
また、仮にその国で確実に有名というあり得ない状況が存在したとしても、
個人(その人)が知らなければ無価値と同然です。(有名であるはずなのに耳に入らなかったので)
代表的なのは、TVで有名なインスタグラマーがー。インフルエンサーが といいますが、
YouTubeやインスタを見ない世代の人にとっては知らない事が多いので、その時点で”有名”なのか?疑問です。
これは、テレビの芸能人も同じです。TVでキャリアを積んできた人でも、TVを見ない層にとってはあまり価値がありません。
有名とは、とても都合よく聞こえのいい言葉ですが、そんなに重要な事なのでしょうか?
ぶっちゃけた話、そこら辺の中堅芸能人やユーチューバより、syamuさんやへずまりゅうさん、ガーシーさんの方が有名ですよね。
ですが、彼らはあまり良いとは認識されていません。(私は面白いというか、個性があると思うのですが)
この方たちに限らず、炎上させるにも才能が必要なんです。
例えば、このブログがわかり易い。
不定期的にトゲトゲした現実をカキカキして、炎上する様な事を書いていますが、一向にしません。
そして、炎上させることでインプレッションを手っ取り早く稼ぐ方法は、方法論として非常に有効。
脱線しますが、正しくセールスする方法なんてなく、その悪質性がわかりやすかったか?だと思います。
営業職の人は気分を害すかもしれませんが、営業とは基本的に(※当社比)など捏造したデータを元に情弱に対して都合のよいことを言って自社製品を売りつける商売です。
本質的には何ら変わりありません。
芸術の世界でも、汎ゆるパターンがあります。
自分の似顔絵をグッズ化して商店を開いている人、音楽教室を開業する人、モーションアクター等、前には出ないタイプも存在します。
承認される事に重きを置くのをやめてみると人生が楽になるのではないでしょうか。
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