2024年9月9日月曜日

俳優(声優)養成所で音声学や美術史の勉強はしないって話しましたっけ?

毎度のごとく 重複している様な気もしますが・・・


今回は改めて、なんとなしにTVで俳優(声優)を知っていて興味はあるんだけれども、

そこまで実情について知るつもりはない人や、

何年もオタクやってるけど内情について知る機会の無い人向けに、

具体的に養成所や専門学校って何やるんだい? という事に着目して書きたいと思いますう


結論から言うと、タイトルの通り音声学・音響学・耳鼻咽喉の原理的な話・舞台に関わる役者の歴史については

1ミリも勉強しません!!


博学なごく一部の講師が偶然知っていたから、余興で話す という事はあっても。


でも、こういった本質的な理論や歴史に基づいた勉強をする芸術って、

日本だと絵と音楽の大学それとクラシックバレエだけだと思いますね。


少なくとも役者業の大学はほぼ無いです。



じゃあ何をやるの?って話なんですが。


具体的なコースや科目がどうのこうのって話は、他のサイトが沢山ありますので割愛して、


まず、専門学校も養成所も大体2年間(3年のところもある)で、

養成所については、基礎科、研修科と分かれており、

この次が準所属となります。大体。

準所属とは、


現代ではタレントとしてやっていく為の、技術面よりコンプラ(炎上しないか)が最重視され

本業よりも踊りや歌、番組やYOUTUBEチャンネルなど顔を晒す機会も増加しています。

なので、俳(声)優といえど、実質アイドルだと思って貰って全く差し支えありません。


その数年間で、身辺管理のできる人間か? を見られています。


その最終段階が、この準所属という形になります。


昨今ではちょっと燃えただけでスポンサーがすぐに降りてしまい金にならないですから、

準所属という法律には存在しない独自の雇用形態を作り出し、実際に軽く仕事を与えてみて、見計らっている訳です。


因みに、基礎科では場所によりますが大体 一週間に1回、2時間で、

腹筋のトレーニングとかプランクみたいな皆さんがオウチでやっている様な事を1時間ほどやった後、

残り30分くらいはセリフを読んだりします。(無い時もある。そういうときはシアターゲームという即興劇をするんですが、トレーニングっていうより遊びに近いです。

一般的にいうと人狼とか伝言ゲーム、そういうものに近いです。)


研修科に上がって、やっとマイクを使ってアテレコをしたりしますが、

正直な話、これは緊張感や初めての飲食店バイトみたいな慣れの問題で、

最初から出来ちゃう(絵に声をパズルのようにハメられる)人は出来ちゃいますし、

最初は出来ない人も半年もやっていれば直ぐに慣れます。

あと、自宅でも練習できます。

(※俳優的なアテレコではない演技も同じです)


その証拠に、お笑い芸人やアイドル、Vチューバーなんかがもちろん芝居をしますが、

(ビジネス的に考えて)下手に養成所出の 事務所の 人間を使うよりも、

話題性でハネて金になりますし、実際上手い事も全然あり得る話です。

(非常に恐縮ですが、大塚明夫さんがこちらの記事で、声優の仕事を声優だけがやると思ってるのは一部のオタクだけで、色んな職業の人が行うし、そういう技術を持っていてもわざとならない人もいると書かれております。

本当にその通りですありがとうございます(?))


ttps://toyokeizai.net/articles/-/321702?page=2


或いは、この世に生きているすべての人が役者であり、普段から演技や芝居をしています。

ウソを隠す時、上司やお客さんに折衝する時、恋人にいい顔する時・・・

芝居とは、その普段から行っている日常生活を舞台上で再現しているだけです。


多くの芸術は無学な人にとってすれば、魔法のように何か凄いものにみえますが、紐解いてみるとこういうものなんだな、と解ります。

(教会のステンドグラスが神々しく映るのは、大手企業のロゴが記憶に残りやすいのは、人間工学に基づいているからだ とかね)



なので、まとめると、


芸術という金にならない曖昧なものを売るには、技術ではなくその国のスポンサーや世間好みの人間性が重要である


そのために、”一般人”ではなく”演出された芸能人”として生きていくに足る人間なのか?

を初歩的な訓練を2年間で行いながら、見られている という訳なんですね~


実際に、私がお邪魔した養成所付属の事務所でも運営側にスタジオを映すモニターがありましたし、

ツイッター(X)のフォロワーが◯◯人いると採用され易いというのは常識になってきています。



声優というのが、まだ確立されていない1900年代とは全く違う業界になった という事で、

その時代の俳優(声優)はこういう現代的な事実を嫌うんですが、

残念ながら技巧派の時代は終わってしまったんです。🥺


でも、美術史を学んでいる方には常識ですが、そういった技巧派、前衛的、アカデミック、芸術は貴族の所有物などを繰り返していますので・・・これも予定調和の一環という事で!

2024年9月1日日曜日

現実を見て、遊びに生きる ー天職や才能なんて存在しないー

 日本人はプロという言葉に夢見すぎで、遊びを軽視しがちだ。


キラキラしている様な仕事ほど、裏が黒いというのはまともな思考をしていれば考えられることだ。

仕事というのは、誰かが嫌がることを代わりにやって対価を得るということだ。


天職という言葉も才能という言葉も存在しない。

所詮は尤もらしく聞こえるだけで、蓋を開ければ都合の良い言葉でしかない。


配達員や運転手はブルーカラーと呼ばれ、底辺の仕事だと軽視されがちだが、

運転が好きな人にとっては苦はあれど継続しやすい。


パン職人や漁師も朝が早い。

だが、朝方の人間にとってはやりやすい。


そういったレベルの話で、世間が宣う様な天職や才能といった大きな何かではない。


大金を稼ぐことも、有名になることも、技術があることも

才能とも、天職とも、プロとも呼ばない。


この世に生きる全ての底辺も、社畜も、無職も、


全てを差し引いて残った本当にやりたい好きな事

或いは、楽しくはないがやっていて嫌じゃないと感じるもの


その精神性こそが 本当のプロであり、天職である。


社畜の癖にプロを神格化するのは何故なのか ー縛りの無い趣味はプロを超えるー

 日本と韓国は過労死や社畜という言葉がよく挙がる。


そして、遊びを軽視して仕事を重視する。


何故なのだろう?


例えば貴方が、スーパーの正社員(青果担当)だったとして、お客様に対し最善のプロモーション、有毒な農薬を使わず最も良い状態の新鮮な青果を低価格でお届けしたい!

そんな情熱を持って、1社員が取り組んでいるだろうか。


全くそんな事もないだろう。

安い給料で死んだ目をして言われたことを言われた通りに行ってただ業務時間が過ぎるのを待って、

帰ったら客や労働同環境に愚痴を言いながら酒やタバコに溺れ、また明日が来て社畜をする。


これは工場勤務であろうが同じだ。


何が云いたいのかと言うと、

そんな社畜である貴方たちもプロなのに、特定の業種となると”プロ”って言葉を信仰するのは何故なのか。

金のために仕方なく働いているというのは、他ならぬ君たちがよく痛感しているはずだ。


私から言わせてもらえば、

いい年した大人が小さい子供が将来の夢を盲信している様にしか見えない。


小さい子が語っている将来の夢を聞く保育園の先生の様だ。


そう簡単に成れないんだよ😊 とかそういう意味じゃない。

なったとしても、実態は現実的で、地味で、腐敗していたりする。


程度の差はあれど、仕事とは人が嫌がることを代わりにやって対価を得るというのが基本だ。

こんな事は、年齢を重ねれば簡単にわかることだと思っていたのだが、そうではないのか?



夢を叶えた人間にしか見えない黒さだったとしても、


ならばせめて、子どもの様に憧れているだけでなく、自分が好きだった趣味を信じる事は出来ると思う。

日本人は我儘なブランド好き ー他人から見て価値があるものが好きー

 私が生きてきた中でよく見かける光景として、肩書好きな日本人が多いなという印象。


かくいう私もその流れに流されていたのか、親の影響なのかは分かりませんが、高校生まではなんとなしに似たような状況に陥っていました。


どういう事かというと、


有名だから凄い、好き


この場合、中身について一切考えず 有名であれば何か良い、価値があると思いこんでいる現象。

例えば、とある相談系YOUTUBERの人が ブサイクな自分でも告白してくるDMがよく来る

とか、

材料は同じスポーツドリンクがあって、片方は有名企業のドリンクで、片方は知らないドリンク。

名前がある ということに価値を感じて、原材料なんて一切見ないくせになんとなしにどこかで聞いたことある方を買ってしまうという現象。


しかし考えてみれば、有名だとしてもその実態やどういう企業、商品、人間なのか?

について深く考えたり知っていたりするでしょうか。

いや、考えないで生きているからこそブランドがついていれば良いものだと錯覚するのかもしれませんね。


NTRやドロドロした火曜サスペンス枠が定石になるくらい日本ではこういった、

”他人から見て価値がある”ものが好き という人は多いですね。



さすがプロだ!

という言葉も聞きますが、

ローソンのオーナーも、マクドの店長も、スーパーの正社員も、ウーバーの配達員も、名も知れない農家もプロなのですが、

彼らに対して褒めている例を見かけたことは少ない。

むしろ、プロであるレジの店員さんに怒ったり、デカい態度を取ったりして馬鹿にする方が見かける。

ブルーカラーの職業で、店側が悪いことも多いのでそれ自体はさておいても、

なぜ同じプロなのに信仰しないのだろうか。



要するにこれも、”他人から見てキラキラするような業種ではない”からだろう。


だが、或いはこうも言える。


所詮プロといえど、ゲームディレクターも会社のブランドや資本力、多くの人が分野別に手掛けていて、DやPの力だけでは成せ無い。


今挙げたコンビニもマクドナルドも、実際に商品を作っているのは機械で、


芸能人でもそうだという事はこのブログを通して何度も書いている。


誰かが子供の頃に憧れた電車の車掌も、電車を実際に動かすのは人間ではなく自動の電力だ。


実際に英語を喋る、作品を見せれば資格など必要ないが、後で問題があったときに人事の責任追及をされるので、言い訳作りとして応募者の経歴がこうだったから通したと言う、


しっかり現実を見られる人間ならば言うまでもない事


だが、結局評価されるのは、その本人というよりもその人に取ってつけられた経歴なのだろう。


2024年8月29日木曜日

本当に我の強い人間は嫌われる

 何者かになりたい とか 自我を出すな 、と


どこで発病してるのかわかりませんが、ちょくちょく最近聞く言葉。


これを聴くたびに この敗戦国ってついに色まで奪われたのか というか、自ら縛られたり奴隷になりたがる国民性って普遍なのかと哀しくなりますが。


よくわかんないので、予想ですけど、無色な人間が増えたんだな、と。この言葉が生まれるということは。


色なき者は色濃いものに憧れる


それで、色濃い とはナンゾやって話になるんですが。


無色の人たちが思う色濃いというのは、客観的にみた世間体とか他人から見て価値があるか?の事だと思います。

要するに、金持ちとか、どこかの会社に入ってる肩書、結婚して幸せ”そう”とか、子供がいる、恋人がいる、フォロワーが多い

といった様な、中身ではない表面的な部分。


実態として、結婚しても家庭は冷ややかで居場所がないとか、肩書だけ持って中身が伴わないとか、フォロワーは居るけど気心知れたリアルな関係は殆どないとか


幸せそうに見える人間ほど問題を抱えているもので。



憧れている間はソイツにはなれない という事ですけど。


他人から見て全く価値の無い行動や趣味があって楽しいという人は客観ではなく主観で見た幸福と成功者なので、

これがアイデンティティであり自我そのものなんですけど、


多くの人は 他人からどう思われるかという他人軸で生きていて、


尚且つ、その人達が憧れている成功者って実は憧れている人たちと同じ色なき無色の人なんです。


ポロっと出る芸能人の素顔に 意外と庶民的~ なんて言ったりしますけど、


配信やTVで演出された表の部分、その裏側は庶民でしかなく、我々と何ら変わりないしょうもない人間で、

毎日キャビアやフォアグラを食べている富豪なんて珍しく、普通に牛丼屋チェーンとか食ってたりします。


で、何で成功者になれるか? と言うと、前述の通り”庶民的”、あくまで一般大衆の中で見られる存在になったというだけで、

本当に色濃い人間は村八分にされていると。


このブログでも再三言っていますが、前に出てくる表現者として金を稼ぐためにはポリコレや世間、会社に対し事実や本音であっても正しいことを言ってはいけません。


ですが、我の強い人間ほどぶつかるので、言わずにはいられない。


しかし、言ってしまえば異を排除しようとする連中が出てくる。



まとめるとこの国で成功者と”呼ばれる”人は、一般大衆と全く同じ感性をしている。


考えてみれば、エリート教育の存在しない周りに合わせ教えられたマニュアル通りの点数稼ぎで平均化された日本で、

本当に突出した人間など成功するはずも無かったんですな。


後出しジャンケンをすると勝つゲームで真っ向勝負して先攻を選び続けるようなものです。


なので、客観的な成功者という幻想を捨て、

自分にスポットを当てて現実を見て、主観的な成功を手にしてください。

2024年8月27日火曜日

芸術と芸能は違うものー芸能は自我のない流されやすい人が向いているー

 なーんか前にも書いた気はしますが、


よく勘違いされている芸術家と芸能人の大きな違いについて書きます。


両方を経ている私からすると、この2つは似ているようで非なるものです。


まず芸能人とは、0から1を生み出す芸術とは違い、既存の事務所(会社)に所属”させて頂き”(日本は)多くのマネジャーや先輩、経理、広告、営業、社長などが培ってきたブランドやひいきにされている取引先(アニメ会社とか配給)とのコネクションを斡旋して”貰う”

バックの力が9割と言っても過言ではないくらいキャストのこだわりや主張を通す余地のないものです。

一昔前であれば、役者が監督と口喧嘩しながら良いものを作り上げていくという事も、世間に対して悪い態度を取ってカウンターする威勢の良い歌手やモデルなんてのも居ましたが、

昨今ではあり得ません。(実際に、バッサリ言う芸能人って消えましたよね。マツコさんも毒舌の有吉さんも丸くなりました。)


現代では、ポリコレを守り、お笑い芸人にも誠実さを要求し、世間一般が行っていても芸能人がやれば炎上し、事務所にも世間にも本当のことを言って楯突いてはいけない

そんな、社畜より社畜しているのがこの業界です。

(あの何十年も芸人としてやってきたマツモトヒトシさんですら民法に引っかかっただけで一瞬でスポンサーが降りてしまう時代です。)


どんなに良いものを作る技術があったとしても、これらの矮小なローカルルールを守れないのでは、スタートに立つことすらできない。

技術はあっても炎上するようなこだわりのある頑固職人ばかり入れては、取引先がビビって仕事を渡せなくなりますから。

(前回も言いましたが、各養成所でも技術ではなくこういった炎上しない人間か?が重要視されています。)



では、芸術家とは?

0から1を創造する、現在ある作り出された流行(トレンド)に乗っかるのではなく、時間をかけて市場側を作り変えていく頑固職人の事です。

どれだけ言い聞かせても曲げない程、自我もこだわりも強いので、当然他人とぶつかることの方が多いですし、

既にあるものを予定調和的で全く新しくないと見做してライン工的なルーティンワークを嫌います。


テレビのタレントでいえば、ネット配信者がいい例です。


配信者側は0の状態から何を行うか自由に計画でき、スポンサーに媚を売らない事もできるし、好き勝手言う代わりに、勝手につく広告だけで稼ぐもよし。

テレビ側はそうも行きません。

今でこそフリーな人とかよくわかんない方向から何か有名な人が出演する機会も増えたとはいえ、

基本的にはまだまだ事務所に参加して、また次も呼んでもらえるような良好な関係を保つ義務がありますので、

個人配信者の様に、この監督性格悪くて嫌いだから次の仕事とか要らないし正論言っちゃお!

とはできません。

(配信者もやがてはこの芸能界の様に会社が増えていけばコネというシマが出来ていって、シマ争いが行われると予想されますが、それでも個人が今から配信できるという即効・自由性が損なわれたワケではありません。)



私も声優事務所にて 今のニーズやこの業界も社会人なんだ!ルール(法律ではなく世間的な)を守れ!という無駄な事がいっぱい書かれた紙を頂きましたが、


なんでまともに社会人もできない様な変わり者の集まりである業界がまともな社会人ぶってんだ(?)

と思っていました。


まともにサラリーマンできないけど個性の強いクリエイターにはなれる、そんな人達の墓場だと思ってたんですけどね。


なので、今の芸能と芸術家の違いは”信用”しかありません。

配信業界は多くの人が関わらないので、アレコレ言ってくる人がいなく、好き勝手しやすい状況はあるものの、炎上の確率も高くなりますが、自由度が高いのでクリエイティビティが上がって面白くもなりやすいです。

芸能はとにかくうるさいですが、一度入ったら色んな人がせっかく入れた一人のキャスト(商品)を無駄にしたくないので売り出してもらえます。あんまり自我のない流されやすい人のほうが向いています。






資本主義は才能の無い人をプロにする偽物製造装置

という、まあまあのタイトルで書き始めたんですが、的を射てるなあと思ったので紹介します。
(書いてることはいつもと同じですがw)


私にとって働くとは、生物としての生きるという事なので、死ななければ生命活動を行っている→働いている
なのですが、

日本の一般的には金を稼ぐ(配信者やトレーダーはいくら稼いでも仕事として断固認めない人もいるので、正確には世間が好む真っ当な肩書を持った上で) という事だと思います。


自分の中で答えが出ているので、もう なぜ働かなければならないのか? について考えることは若い時に終わりましたが、

なぜ人は働くのだろう? という前向きな見地からはあんまり考えていなかったのかもしれません。

現代では、働かなければ金が稼げない=死ぬから 仕方なく働く
仕事とは、人がやりたくないことを代わりに行って対価を得る

9割はこの辺りだと思います。


しかし、金というものが導入されていなかった過去、その世界を想像してみてください。

最低限の生活が保証されます、という状態があって、何もしないただ寝るだけの人というのも少ないんではないでしょうか。
そこで生まれてくるのが趣味です。
金、時間、承認欲求、権利 それらを全て差し引いて残る自我の部分、
これこそが本当の適正であり、才能です。

誰に何を言われようとも絶対に拭うことも止めることもできない核。
私であれば、役者となります。

ここまでの何もしなくていい状況とは、あくまで概念や理論上の説明をしたかっただけで、
でも、何もしなくても良い状況なんてそんな美味しい話ないでしょ
と現実はどうか?と思う人もいるでしょうが、
あるのです。

実際に、フランスではアンテミルタンと呼ばれる収入が不安定な芸術家に対する最低給料を保証する制度もあり、
韓国では、こちらでいう義務教育の中に舞台(俳優)芸術があって、芸術講師になりやすくする体制もあり、
日本でも、なぜか合法であるのにタブー視されてはいるものの、生存権(生活保護)があります。(ハリポタで有名なJKローリングも生活保護でした。)


家系が医者一族で仕方ないから医者になる、
稼がないといけないから、その中で楽そうな絵描きや役者としてチヤホヤされつつ金も得たらいいなと思う、

お金の為に◯◯をする、と言った あくまで 何かを描く事や誰かを救う事が優先度の最上位に来ていないまるで本質的ではない人たちを省く事もやろうと思えば可能になっています。
(タブー視をガン無視してナマポの民として好きなスキルを身につけるとか、実力の高く制度の整っている海外へ行くとか)


実際問題、周りを気にしすぎる人が多いのも、習っているはずの英語ができない人も多く、
海外へ行くこともナマポ民としてやっていく人も極少数なのですが。

嫌なことを無理やり続けて生産性を下げるより、権利を行使して好きなことを伸ばすというのはアリじゃないでしょうか。

2024年8月11日日曜日

芸術で飯を食いたいという不自然で曖昧な言葉は要するに楽して金が欲しいという事

 芸術で飯を食いたい! という言葉はこの界隈でよく耳にする言葉で、


何だかよくわからんが凄い頑張ってるな!と聞こえが良く感じるワードですが、


よくよく考えてみると、芸術で食っていきたいという言葉はとても抽象的で、


”食いたい(金)”なら、正社員として真っ当に働くか、バイトした方が目的は達成されますし、


芸術をやりたいなら、稼がずに自由にやればいい


この2つの条件を足すと、


自分の好きなものを自由にやりたいし、お金も欲しいし、それで安定もしたい!


という事を言っていると。


要約すると、自分の好きな事をして楽して暮らしたい! ということです。



仕事にすると、好きなことを好きなようにはできないですし、


好きなことを好きなようにしようとすると、金がついてこない事の方が多いですし。


冷静に考えると、かなり無茶苦茶な事を言っているんですね。


無論、好きなことを好きなようにして金も欲しいし安定もしたい! という夢幻を、目指すという事は悪いことではありませんし、挑戦してみてもいいです。


が、よっぽど運が良くないと不可能なので、


それであれば最初から本音を隠さずに、楽して金稼ぎたい! と言えばいいんです。それは悪いことではありません。


そして、芸術で金を稼ぎやすくなった今なら、サイトの規約が許す限り、自由に配信プラットフォームを利用して稼ぐことが可能かもしれません。


と言っても、本当に”芸術”で稼いでいる人は世界でも少ないですが。


例えば、ピアノ演奏でも ピアノ演奏だけを厳格に披露して稼いでいる人はごく僅かです。

大抵は、胸を見せたり、足を出したり、踊りながら演奏してみたりと、技術以外をメインにしないとインプレッションを稼ぐことは難しいですけどね。





プロが教える~と書いてあるサイトに有難がる人はセンスがない

 音楽のコンテンツで特に多い、”プロが~”と書いてあるサイトや動画が多いですが、(ブロがーではありませんw)

実際、見に行くと大層な肩書を主張している割には再生回数が少なかったりします。


このブログでは、世に蔓延する”プロ”という不自然で曖昧な指標を細かく解説しており、

”プロ”という言葉は人によって違い、卓越した技術だけを指す事もあれば、単に人気があるだけを指す人もいれば、どうしてもお金がついてこないと認めない人もいますので、

誰もが軽々しく名乗っていい言葉なので、ダメだとは言っていません。


しかし、重要なのは 本質を見ずにプロという肩書を使わないと自分の力も示せない当人と、

それに有難がる意識高い系ネズミ講セミナー常連の方々なのです。


センスがない とタイトルに曖昧な言葉を敢えて使いましたが、

世間や事務所、先輩に喧嘩を売らず、異議を言う事なく自分を出さず関係者との良好な関係こそが全てな芸能とは違い、

本当の芸術とはありふれた世間の流行やコンテンツに乗っからず、人の意見を無視し、自らのオリジナリティで長い時間をかけて市場側を作り上げるもの。


つまり、1を10にするのが芸術ではなく、

0から1を生み出すのが芸術なのです。


なので、既存の誰かに有難がって満足している人は向いてないですし、

それで満足している教祖様もセンスがない、と言えます。


因みにこれは宗教と同じ構造をしているので、

多分 消えることはないと思いますがw

2024年8月6日火曜日

天才はゴミが居ないと成り立たない 芸術は無駄なもの

 某有名vの方が、音楽なんてあってもなくても困らない 一部の天才だけ居ればそれでいい

と言っていましたが、まずこれは事実です。

(多分、芸術が不要という論理的な事実ではなく自身が感じた体験を主軸にして話したかったのだと思いますが)


展開すると、


無能が消えて一部の天才だけが残ると、比較対象を失うのでその人達は天才ではなくなります。


例えば、世界基準でいくと日本人は低身長ですが、

低身長が居なくなれば高身長は”高い”とは言えなくなります。


また、一次産業と言われている人間のライフラインに関わる業種(農家とか)は無くなると人間は死にますが、芸術はなくても死にません。

音楽があるから頑張れるんだ! とかいう頭足りない人も居ますが、これは優先度の話です。

この世から無くなっても困らない順に業種を引いていった時に残るのが農家さんなどの産業だと言うことです。

飢餓状態で音楽を楽しむ事はできません。

裕福な国だからこそ芸術が生まれるのです。


ところで、音楽において有能や天才とは誰の事を指すのでしょうか。


ELTのいつくんさんは、自身のyoutubeチャンネルで音楽理論を知らずに有名な曲を作っていたと言っていますが、

ヒットする曲は作っていて知られているが、知識は無い(勉学的には浅い)という事になります。

(※筆者もELTの曲は好きです)


小室哲哉さんは裏方である作曲家の中でも有名な方ですが、

それでも一般的な人や今の若い人の認知度は恐らく低く、

「この曲は小室哲哉さんという人がこういうコードでこういう理論を使っていて~」

と語り始めたら、多くの人は「何だこのオタク!?」と引かれてしまうでしょう。


モーツァルトやベートヴェンは技術のある音楽家だと思われますが、

義務教育の授業外で好き好んでクラシックを聴くような人間は多数派でしょうか。

皆分かりやすいJPOPを聴いていますね。

技術や理論を体系化した偉人でも授業を義務化しなければ覚えられてすらいないでしょう。



この様に、技術(知識)、金、有名度は全て別方向で、

売れていても技術が伴わなければプロとは認めない人もいれば、

技術があっても有名じゃなければ価値がないと判断する人もいます。



つまり、天才やプロ、才能、神という言葉は現代では定義のない曖昧な言葉で、

軽々しく使うこともできれば、厳格に使うこともできるゆるふわな言葉なのです。


貴方にとって、天才の定義とはなんでしょうか。

金に貪欲になれなければ成功者にはなれない 何者かになりたいおまえへ

 配信者、芸能人、起業家、会社員


現在で成功者と呼ばれる人達には絶対的とも言える共通項があります。


それは、実力でも技術でもなく、”金(数字)”です。


まず、他人が人の人生を評価するとき”結果”で見ます。


この場合の結果とは、目に見える形=数字。


TVや配信で言えば、視聴率。

”面白さ(クオリティ)”という個体差のある感情論を可視化する為の一定指標、つまりクオリティの視覚化を行ったのがコレですが、無理矢理に可視化しただけで技術的な完成度ではない。評価指標の軸を人気や金に設定した場合の話で、


なら、評価指標を技や心に置けばいいじゃないかと考える人もいると思いますが、


例えば、昔の医者は人命救助を優先としていて金銭を受け取らず、物資という形で貰っていたので貧乏でした。

この場合は、善意が最優先されているので心が中心に回っていますが、


資本主義が台頭する前の時代であれば、”実力や技術、愛情”を評価指標する事もできますが、


現在は物々交換による社会構造ではなく、資本主義なので、


社会は金で回っており、山奥ニートの方々にでもならない限り逃れることはできません。

(なっても、多少は税金を払う必要がありますが。)


これは、上で挙げた業種も含め、この社会で生きる全ての人達に必ず干渉していると言えます。


芸能や、配信者、エンタメ系であると”金”ではないご自分の中で咀嚼できていない何かで回っているんだろう

と、お思いでしょうが、例外はなく芸能事務所も”株式会社”であり、

フリーなら個人”事業”主という扱いになります。


結論を言うと、金に貪欲か多少なりとも金持ちになりたい という思想がなければ、資本主義社会では成功者にはなれません。


最近では ”何者かになりたい” という言葉が流行しているらしいですが、


この場合、言い換えると今成功している人達の様に成功者という他人から見たゆるふわな肩書をオシャレ感覚で付け回して人からよく見られたいということなので、

つまり教科書的回答として、

資本主義社会である→金(数字)を持っている→成功者として見られる ←コレが欲しい


それに併せ、

金持ちになれば今の状況を解決してくれる、全てが解決する、金が全てと盲信する人が増えて

日本が拝金主義になった理由は簡単で、国が貧乏になったからです。


しかし、どうでしょうか。

物価は上がり、円安は進み、税金は上がり、全体的な技術も他の国に抜かれ、

経済環境の良い国で作られた安い海外産を買って、

資本や土地をガンガン中国等に買われています。


日本が衰退すればするほど、ここで言う成功者になれる数は減ります。


働けど働けど先は見えない。

多くの日本人が盲信しているこのお金教狂信者たちの夢はいつ叶うのでしょうか。



イラストレーターになって成功したいです という質問がありました。


”成功”とは何でしょうか。


このブログでも再三言っていますが、 人気・技・金 これらは全て別の方向性です。


人気が欲しければ、Xでいいねを稼げることがこの人にとってのゴールであり、

技術であれば、人生を賭けても終わりのない成長こそがこの人にとってのゴールで、

肩書であれば、どこかの会社に入る事等がゴールでしょうし、

金ならば、具体的な目標金額を超えたらソレがゴールになります。


人によって、目標設定が違います。


家庭菜園を始めて、その野菜を売って金が欲しいのか、周りの人に満足してもらいたいのか、自分で食べるのか




重要なのは、自分にとっての目標設定で、

拝金主義者に技術主義を唱えても聞く耳を持たないですし、逆も然り。



金を稼ぐ事が悪い事というより、個人にとって優先度の最上位が”金”なのか、”人気”なのか

という事です。



2024年7月6日土曜日

専門性が本当に高ければレベルの低いパイの奪い合いは起こらない~マルチな無能とシングルな有能~

 前回話した事と少し重複しますが、


人生で、能力に割り振れるステータスの値を100とします。


このブログは芸術に関係する事を取り上げていますので、能力は踊り、芝居、画、歌 等とします。


踊り100、芝居100、絵100、歌100、容姿100の専門性が極めて高い事務所が其々あったとします。


もう一つ、


踊り20、芝居20、絵20、歌20、容姿20の所属キャストが(声優、俳優、アイドル、レコード)事務所に其々居たとします。


この場合、前者はパイの奪い合いが起きません。

何故かと言うと、とても専門性が高い人で構成されているし、世間もそういうものであると認識するので、

歌手が俳優業に下手の横好きで手を出した所で成立しないだろう、そういう職人芸である と皆が思います。


しかし、後者の場合は

多くの”一”芸を持っていて、色々できるスターの様に見えるが、あれこれと手を出して本質性が薄れているので、本業は疎かになりますし、世間も歌手がちょっと芝居に手を出しても成立するんだと認識します。

(ビジネス的には下手でも勿論、成立します。技術的には成立しません。)


能とか歌舞伎がそうです。(能も初めは大衆芸能でしたが)

専門性が高く、技能というより厳格な文化知識を有し、伝統ある文化なので出来ない事もないですが、下手に手を出しづらい現代で残る唯一本当に芸能といえるモノになっています。


何でも出来る、全てが100の人だっているかもしれないじゃないか!というしょうもない意見があると思いますが、


残念ながら、1日の時間は24時間と限られています。


訓練という点で行くと、

野球を10時間続けた人と、テニス30分・水泳30分・バスケ30分と続けた人、どちらが野球に最適化された体格や技能になりますか?


仕事という点でも、

声優や俳優を名乗りつつ、でも歌番組の出演が多いのなら その人の事を誰も声優・俳優だとは認識しません。

(逆に言えば、技術がなくても世間に●●と認知させる扇動が出来れば●●と認識される、って事)


極端に100%一つのことに注ぎ込め、とまでは言いませんが、

器用貧乏な無能がたくさんいる状態と、極めて専門性の高い有能な人が多くいる状態、

社会的にどちらが得かは

詳しい説明などなくても、分かりますよね😊

古谷徹さんの40歳下との不倫報道による違和感

 オタクなら知っている中の人、古谷さん。


彼が40歳下の30代女性と不倫していたとして時世的にタイミングも悪くロリコンであることが発覚してしまいました。

それは自由で、不倫も犯罪ではないのでどうでもいいんですが問題は、


「キャラのイメージを壊してごめんなさい」


という発言・業界の方向性についてです。


昨今では例年に増して裏方家業の声優が表に出てアイドル活動をする事が増えました。


ここが問題で、そもそもメディア露出を控えて裏方に徹していればキャラ=中の人のイメージ図式が成立しづらくなる訳で、

古谷さん自身がアイドル化する事を肯定しているか否定しているかは分かりませんが、そもそも声優が表に出てこなければキャラのイメージも壊れづらくなる訳です。


なので、イメージを壊すどうこうより先ず、ソレを言うならそもそも表に出てこなければ解決します。


その後で、民法に沿って当事者がお互いに裁判するなり話し合うなりすればいい。



因みに、この30代の女性は恐らく業界関係者(売れない声優とか、事務所の人間とか)ではないかと読んでいます。(違うかもしれませんがw)


10-15歳差程度であれば、恋愛も自然に起こり得る(何歳でも起こるけど、可能性の話。実際に、山寺さんも年の差婚を2回している。)けど、流石に40歳差ともなれば、相手の性格というより名声や資産、コネクションが目当ての可能性が高いですよね。




2024年7月1日月曜日

今の声優・俳優養成所は技術を磨く場所ではない

 https://intikifraud.blogspot.com/2024/06/blog-post_30.html


此方から発展的な記事となります。


養成所は大きく分けて3コースと2コースあります。

基礎科、研修科 と、もう一つ間にクラスがある3コース制。


基本的に、最終コースでしか実践的な内容は行いません。

実践的とは、世間が想像しているようなマイク前の演技の事です。

つまり、3年ある中で1年しか実技的な事はやらない という事になります。


ソレ以外は何をやるか? と言うと、最近ではダンスや歌だったり、軽い筋トレや早口言葉、2時間程度ある内の最後の数十分間に台詞読みがある程度です。


これは、養成所のせいというより、初学者(ではない人も大勢いますが)なのだから台詞なんて最初から読ませてもうまくいかないだろう と考えるのは普通だと私も思います。


だけれども、忖度なしで話すと、

歌も、ダンスも、基礎訓練も、台詞も、全部家で出来る程度の訓練です。

これら全て、YOUTUBEのダンス動画や台詞読みなど独学でって事です。

冷静に考えてください。

専門学校や芸大に通っていない漫画家や作曲家って沢山いますよね。それと同じです。


ぶっちゃけ、研修科や準所属、いや活動している人でも行う マイク前で台詞読みも家でできます。


唯一、出来ないことはスタジオという空間で複数人で録音する って事だけです。

(これも重要ですが、コロナ突入後から今でも皆で録る状況は減りました)


何がいいたいかと言うと、養成所で出来る事は家で出来るんです。

答えをぶっちゃけると、実際に養成所HPで「(例)一週間の内、レッスンの日は発表の場です。」

と書いてあるます。


本題です。


じゃあ、そんな養成所で技術以外の何を最重要視しているのか?


それは、”信用”です!


言うまでもなく、現代ではポリコレやちょっとした炎上でスポンサーが降りるのは当たり前になってしまっています。

そうでなくとも、元々 芸能はイメージ商売なので当然ですが。


あのダウンタウンの松本さんですら、1回燃えただけでこれまで何十年も行ってきたゲイの人生が一瞬にして終わるんです。

そういう時代です。


要約するとこの事から、

技術だけあっても、世間のご機嫌伺いの出来ないやつは芸能ではやっていけない時代って事です。


ここで繋がります。

養成所の3年間で見るのは、炎上しない様な人間か?

事務所という会社にとって、楯突かない、良い子であるか? を見ています。


昔からではありますが、だからこそ余計に志願者は慇懃無礼になります。

過剰に挨拶をしたり、過剰にですます口調にしたり、普段では絶対に行わないような丁寧すぎる言動や行動を取ります。


ぶっちゃけ、頭の良い人は気づいていますが、極端な話 芝居なんて誰でも出来るんですよ

絵が描ける人が多い様に、歌える人が多い様に。

医者の様に厳格で理論的な答えのあるデータを勉強する頭の良い職業じゃなく、より感覚的なモノなので。

(だからこそ、事務所ではなくもっと個人や世界で色んな人が軽い気持ちで芸術に触れて欲しいというのが私の願いなんですがね)



ですので、これからそういった場所に行くよって人は技術<信用である事を重要視してください。

2024年6月30日日曜日

養成所時代に感じた最も大きな事は、レベルが低いという事

 私の目的は人気を得る事でも、金を得る事でも、事務所に所属するという肩書を持つ事でも無く芝居の技術を上げる事だったので、

相手にとっては利用している様な不純な動機で失礼ながら、あらゆるワークショップや体験授業に参加させていただきました。

結果的にその後、飛び級をして事務所に入った後、退所していますが。


その上で、感じたのは”私が普段やっている鍛錬の方がずっとキツイ”という事です。


もちろん、絵を沢山描けば絶対に”上達”するものではないのと同じ様に、芝居もまたやれば良いというものではありません。

これは、理由を言うと長くなるので端的に言うと”上達”したかどうかの価値観が人によって異なるからです。

した と思えばそれで良いですし、 周りがした と思っても 本人がしてない と思えばまだ終わっていません。

そういう思い込みの世界です。


こう言うと、偉そうだとか、何様だと言われてしまうかもしれませんが、承知の上で言うと誰もが感じたことのある至極単純な論理なんです。


例えば、自炊のできる人がレストランにいって料理を食べたとします。

出された料理が不味くて、或いはこの程度で高い料金設定にしているのかよ!と感じた事のある人は料理をする人であれば一度はあると思います。


芸事になると規模がデカく見えるだけで、根本はこれと同じ感覚です。


レベルが低い! と言うと、少し語弊があるのですが、単純に”熱量”って単位で見ても本当になりたいんだか、なりたくないんだか曖昧な人も多いって事です。


要するに、●●(声優、俳優)になりたい!という多くの志望者は端から見ると 何だか凄い理想と努力をしているのだなぁ と思うじゃないですか。


殆どの場合はそうではありません。(現在の当人にとってはそれが最大というだけで間違っている訳ではありません 理由は以下)


私が思うに、多くの志望者は何かキラキラして見えるその世界で声優という”肩書”を有して真っ当に働くのも面倒だからなれたらいいや程度のモノ


であって、仮になれなくても個人で切り拓いてやるとか、じゃあ英語圏で演ってやるとか

目指している方向性が、そういった事務所に所属するとか、有名になるとか、大枚を稼ぐという事ではない本質的な”役者(声優)”としての精神性ではないんだろうと言う事です。


で、ここからがミソで

これはあくまで、より本質的な役者の精神性(技術という観点)から見た感想であって、

現代的なビジネスの観点から見ると、大御所の役者ほど嫌がる答えなんですが、実は”大正解”な動機なのです。

実際に、今売れている声優の人で”陰キャだから前に出てくる俳優は無理だけど声優ならイケると思った”

って語ってる正直な人も多いですよね。

動機は不純でも、実際に売れているのだから そういう理由であってもウケるもんはウケるんです。



大御所の(よりキャリアのあるor役者としての精神性の高い)役者が ”今の声優はー” ”声優という職業を甘く見ないほうがいい”

と、言うと 裏事情を知らないオーディエンス(客)からすると、うんうんそうだね!とならざるを得ませんが、


冷静になって考えても見てください、

世間が求めているのは、”役者”としての完全性を持った本当の俳優(声優)ではありません。

歌って踊れて顔もスタイルも良くて何かしら一芸も持っているアイドルの様なマルチタレントです。


もしこのニーズから外れて、事務所という会社が いや!ウチは古典的で厳格な役者を商品にして売っていくんだ!

としたら、スポンサーや仕事をくれる依頼人が居なくなります。見向きもされなくなる。だって金にならないから。


であれば、役者や芸術というものに造詣が深くない(昨今では演ってる声優俳優自身もですが)経理畑のマネージャーや営業をかける人等が、余計に役者が役者としてあるべきスタンスなんて理解できるはずもなくて、

売れないのならそれは意味がない、だからマルチにできる人を採用しよう!となるのは当然なんです。

そうしなければ、会社は倒産してしまう。

そして、この業界に入ってくる人は昔と違ってオタクの人なので、自分が若い頃に見ていたアニメの歌って踊れるアイドル声優を使いたい!って人が仕事を依頼する会社にも、事務所にも入ってきます。


これは、ゲームでも同じです。

ゲームとして本質的に面白いかどうかよりも、ソシャゲを作って課金させまくっときゃ莫大な収益モデルとして簡単に成立する。

波に乗っかる、いや利用してこそ金は入るので。


少し脱線しましたが、これが今の声優が個性がないと言われる本懐というか、時代による価値観の乖離です。


繰り返しなりますが、悪い事ではありません。

単に、振れるステータスの値が100と定義して、役者としての芝居力は10まで落ちるが、容姿30歌30ダンス30とか、芝居ではない部分が大きくなるってだけです。

それでも売れるものは売れる。


なので、まず芸能関係の養成所や事務所に入るってことは何だか壮大な感じがしますが、冷静に現実を見るとそういう事ではなく、

現在、多くの志望者が抱えているミーハーな態度というか精神性というか器用貧乏な方が時代に合ってるんです。

時代に合っているということは、多くの声優事務所が求める人材ページに書いてもある”マルチ”とか”時代のニーズに応えられる”という要件を既に満たしている、と言えます。


なので、もしそういった業界に進みたい! という方が居れば、私達の様にマイナーだが本質的な考え方ではなく、フラットでミーハーな方がよりなりやすいですよ。

音楽用語みたいですねw


2024年6月29日土曜日

仕事(金)は技術よりも人柄(コミュ力)

仕事や金稼ぎにおいて、 技術があれば成立する と考えているのはガラス職人や琵琶を作っているような超ニッチな職は違うかもしれませんが、浅はかです。


とても簡単な論理で、

日本は資本主義国家です。

お金を払う人、受け取る人がいます。

仕事を渡す人、受ける人がいます。


ここで、割り振れるステータスの値が100と定義して、技術に100振ります。人柄の値は0。

分かりやすく言うと、凄く良い商品は作るんだけどめっちゃ性格悪い人間が出来上がります。


貴方が仕事をするに当たって、誰に依頼するかの権限があったとします。

もしくは、この技術100人柄0の性格クソ人間といっしょに仕事を進行させていく部下や同僚、上司だったとします。


確かに技術(経歴とか今までに作った成果物や知識)はあるけど、なんか会話も成立しないし、言っている意味もよくわからないというか、性格が悪いように見える。

(具体的な例を言うと経験しないと難しいですが、IQ180のギフテッドが知性はあっても必ずしも社会に馴染んだり成功者になるとは限らないというのは定説で、私もこういった知能指数や偏差値70位の高い人と会話をしたことがありますが、頭が良すぎるのか物事を抽象的に捉えるという事やデータと現実の切り分けが苦手なようで、雑談なんて相手の主張に適当に合わせておけばいいのに、必ずそうであると言えない事は絶対にそうとは言わないので、共感を求めた相手側からは性格が悪く見えるという ちょっとややこしいですが知能の差による会話のズレがあったりします。恐らく、頭が良すぎるので物事を感覚を司る脳ではなく、理性で判断する脳の部分で考えがちなのではないかと勝手に思っていますが。

因みに私は色んな意味でバカの方ですw)


仮に良いモノを作れる人だったとしても、仕事やお金を提供しているのは”人間”なので、どうしても最終的には感情で判断しますし、

そもそも会話が成立しないのならプロジェクトは進行しません。


なので、個人で生み出せるごく一部のニッチな職業でない限り成立しないという事になります。


このウンコブログは芸術が主なので、具体例として劇団に置き換えると、

個人が良い演技が出来たとしても、芝居は基本的に団体になりますので、周りの技術が低ければ変に目立って浮いて見えますし、

それよりも、普段から和気藹々としている様な協調する関係がある方が結果として技術よりも魅力的なものになります。

2024年6月25日火曜日

一番に好きなことを仕事にすると上手くいかない理由

 これを執筆しているブログ主は、平日の昼間に誰も見ないようなこんなブログwを書けるくらいには成功(?)しています。

元SEなので、3Dモデリングやプログラムを組んだり、エンタープライズ向けのサーバを脆弱性チェックしたり演奏したり踊ったり適当にやっています。


なぜ、成功しているのか それは嫌いなことに不真面目だからです。


例えば、私は金を稼ぐという事があまり好きではありません。


もちろん、嫌いでもありませんが日本の社会構造上ビジネスというのはバカを騙すと儲かるモデルとなっているからです。


数が多すぎるので一つだけ例を挙げると、芸能ビジネスが分かりやすい。

極めて不完全な人間というものを あの天才●●がー 評価基準が謎な●●賞を受賞したー あの●●に認められたー

とさも完全無欠かの様にプロモーションを行い、

推しているオタクの人達と騙されやすいミーハーな人達が、こぞって鵜の目にして提供されたアイドル(商品)に対して金を払う。

そして、当然人間は完全ではないので不倫や事件でボロが出て炎上します。

そこで今まで ●●は天才だ! と推していた人達が掌を返します。


でもこれ、頭のいい人は説明しなくてもわかるんですが、まんまとセールスに引っかかっているんです。

この炎上までのループこそがテンプレ的な売り方で、こうすることで名前が売られ(広まって)

悪名は無名に勝っていく理由です。


しかし、こういった事を見破れる人が多数派だとこのビジネスモデルは成立しません。


この手の商法は芸能だけでなく様々な場所で行われていますし、実際儲かるのでビジネス的には大正解です。



でも、私はそれをやりたくありません。

元々、技術さえあれば他には何も要らないというタイプなので無欲というかどうでもいいのもありますが。


で、何と理不尽な事か これがビジネス的に上手くいく解だったんです。


真面目な人ほど損をする といいますが、まさにソレで

例えば貴方が、熱意をもって入社したとします。

それで、明らかなハラスメントだったり、正確なデータと反した業務のやり方だったり、お客さんが困っているのに改善する気が一切ない

といったことがあったとします。

この時、熱意ある貴方は 上司に これは改善した方がいいだろうと指摘しますが、

上からすると、超めんどくさい奴でしかありません。

固定給だし、やる気を出したところで上がる給料はたかが知れている。

そんな事より、昭和の年功序列制に則って楯突かず大人しく適当にダラダラ会社に行って反抗しない方が役職も給与も上がっていきます。

めんどくさい奴は待遇を悪くされて退職に持っていかれて終わりです。


タモリさんの言葉に、

仕事は適当に、遊びは真剣に というものがある。


これは、好きなことを仕事にできた場合も同じです。

好きなことを仕事にするというのは(金稼ぎ)、好きだったものを仕事に変える という事なんです。


要するに、仕事にしていない好きな事であれば真剣になって損はありませんが、

仕事にするのであれば、適当にダラダラやっていく方が上手くいくプロセス・ルールが出来上がっているんです。


このブログもそうで、

SEO対策もしていないですし、無駄に大量の広告を貼り付けてもいません。

でも、読んでいる人がいるならその人が損をしない様に私の経験談や考えを誰の忖度なしに書いています。


これは、私が居た芸能事務所でも同じです。

会社でも、事務所でも芸歴や長年そこに存在するだけで、何かキャリアのある凄そうな先輩、役職が出来上がる。

何か、執行役員です! とかいうと凄そうに見えるじゃないですかw

もちろん、本当に優秀でキャリアアップしている人もいるでしょうが、一握り。

好きだからこそ適当に不真面目にやって、無関心でいた方が苛立ちもせず、ストレスフリーなので緩く登っていけるんです。

そういうルートがこの国には約束されています。


なので、皆さんはビジネス的な正解を求めたいんであれば それが芸術であれ、何であれ

適当に緩く不真面目に思考停止してやった方が安定します。


私は好きなことに対してだけは実直な役者バカなので、

そんな器用な事はできませんが、

どうか、皆様の成功をお祈りしております。

2024年6月24日月曜日

結果は他人が決める事ではない~二流は結果だと思い込む、一流は成長することが結果だと考える~

 人生で1000曲つくりたい作曲家と一曲でもいいから売れて金が欲しいという作曲家が居たとします。


前者に対して1曲も売れないなら意味がないというのはお門違いで、

後者に対して一発屋というのも間違いです。(文章的には合っていますが)


要は、その人がどうしたいか? と、他人から見た評価というのは違います。


別の事例でいくと、


大衆向け音楽ではなく、より厳格なクラシック音楽家として世界で売れたい音楽家と

日本というローカルなポジションでピアノ教室を開き、内容は単純でも小さい子と関わって生きたい人が居たとします。


でも、ピアノ教室を開きたかった人の演奏が偶然、例えば音楽的な権威のある謎のイタリア人に見つかって評価されたとします。

この場合、当人のやりたい事が違うので相手が何であろうと当人にとっては意味がありません。

でも、前者の人がそうであるなら話は変わってきます。


この事から、


「作曲家(イラストレーター)であれば、有名になって売れる事が大前提だ」

という功利(資本)主義的な身勝手な価値観を相手に押し付けるのは理論的に間違いだと言えます。

簡単です。

それは、資本主義的な価値観を持った聴衆(その人)が勝手にそう思い込んでいるだけで、本人の意向ではないからです。


つまり、


「作曲家(イラストレーターや役者)≠有名になって売れるべき業態である」


という事です。


人によっては、


なんでもいいから金が欲しい という音楽家もいれば

なんでもいいから有名になりたい という役者もいるし、

そんなものより本当の技術が欲しい というダンサーもいます。



二流は成長で終わり、一流は結果で終わるというのは考えが少し足りなくて、

人によっては、成長する事=結果である と言えます。

2024年6月15日土曜日

声優事務所の営業畑もまた”オタク” ~演技よりも大切な現代の声優とは、役者とは こういう人が声優事務所に入りやすい~

 キャストに比べると全く華やかではなく、スーツを着ていてピシっとまともに仕事している様に見え易いせいか、見落としがちな事実があります。


それは、最近応募してくる声優志望者だけがオタクな人ではない

という事です。


大体、声優が売れない俳優の小銭稼ぎだった時代を知っている俳優や営業畑の人はオタクではない人が多いですが、

営業畑も、更に言うと音響監督や制作会社もまた殆どオタクです。


オタクな事が悪い と言っているのではなく、傾向や性格の話です。

最近では少なくなってきましたが、現在でも 一人暮らし・子供部屋・おっさん・おばさん・見た目が陰キャ(チー牛)で、

見ている動画が声優やアニメだったり、飾っているグッズだったり

そういうのがあると、凄くバカにされていますよね。(弱者男性とか)


ですが、見落としている事があります。

そういう人がアニメを作り、声優となり、音響監督をしたり、事務所の営業をやっているんです。

もちろん中には、学生時代に超絶モテた美男子イケメンみたいなのも居るかもしれませんが、

ガチのオタク(というか理系)ってやっぱり共通項があります。

そもそも、自分の外見や交遊より趣味を優先する人なので、見た目に気を使わないとか共通していると思いますね。

コミケの臭いが異常というのが毎回話題に上がるのはそういう所からきているんじゃないでしょうか



もちろん、それは性格にも関係性があります。

インドアな趣味とアウトドアな趣味で、

インドアな趣味を多く持っていればいる程、リアルで対面する機会は減りますから、コミュ障になりやすいです。

そういったオタクな性格を持っていると、声優として応募した時に落とされる要因になるのでは?

と思う人も居ますが、ソレは違います。

なぜなら、そもそもこの業界は視聴者も、制作も、演者も9割のオタクで構成されているからなんです!


なので、むしろ、オタクじゃない人の方が落ちるというか、売れないです。

陰キャにモテるのは陰キャです。安心してください!


という訳で、本題の こういう人が入りやすいというのを紹介します。

演技が大事とか学生時代なにやったーみたいな2000年のAIでも書けそうな定型文とかウソを一切抜きにして、

どこにも書いていない真実をお話します。



1.オタクな人

上記の通り。

購入者がオタクなのだからオタク向けビジネスをする。つまり制作側もオタクでなければ成立しない。


2.世間にケンカを売らない人

身辺管理です。

ここらへんはご存知だと思うので多くは書きませんが、重要なのは”世間に”です。

合法であっても世間が許さなければそれは違法も同然であるという法治のマネごとをしたエセ法治国家なので

良いか悪いかはさておき、推しが結婚をして炎上する というのは今回の代表例ですね。


3.ルールや行動に疑問を持たない人

声優に限らず、芸能界は下手したら二昔前のブラック業界です。

平気でハラスメントや違法な事が沢山まかり通ります。正社員でも同じですが、比ではありません。

そして、芸能という悪い意味で特殊な分野なので、企業みたいに労基や監査が入りづらいですし、密告もしづらいです。(バレたら自分に仕事が回らなくなるから コネの世界なので)

なので不利な契約やルール、制作側の言動や事務所の言動や行動に疑問を持たず、ハイ!

とだけ答えられる人は向いています。

中にはキャストの意向優先!という事務所もあるかもしれませんが、

考えても見てください、自分が上司だったとして、部下が仮に正しい論理展開をしてもじゃあ制作側にそのまま伝えるのか、次の仕事をもらえなくなる、キャスト側を封殺した方が早い!

てなりますよね。

て言うので限界があります。


4.アイドルムーブができる人


今の声優、俳優はアイドルです。

違う!と思いたがる人もいますが、それは視聴者側だけに許された感想です。

キャスト側になるのなら、ほぼアイドルとなった事を自覚しなくてはなりません。

そうでないと貴方はマネージメントの対象にはならないでしょう。


簡単な話です。

声優が顔を出す、ということは ミッキーが顔出しで踊っているのと同じです。



5.実力よりも協調性


芝居が他の芸術と違うところは、団体である という所です。

1人だけ実力があっても浮いて逆に下手に見える という現象がおきます。


例えば、オンドゥルの仮面ライダーで山路さんという外画でも活躍できるベテランの人がいるのですが、他キャストの経験年数が短いせいかネタにされてクオリティが低く見える

という現象が起きます。(仮面ライダーは新人の初々しさみたいなのが逆に完成度を高めるとか、グラビアアイドルを出すという事もやっているので宮崎駿監督の様な声優は使わん!という自然体を求める形に近い気がします。

メリットなので、私は好きなのですが)


ジャニーズの風間さんが演じていた遊戯王の方でも、

初期の方で高橋さん演じる城之内との掛け合いが、それなりに経験のある人なのにまるで一人語りしている様な間や様相がある。

という現象もわかりやすいですね。まだ、武藤遊戯を形にするまで時間がかかっていた頃なので。


芸術において曖昧な実力の定義なんかより、絶対に遅刻をしないとか、

相手に楯突かないというコミュニケーションの潤滑性の方が大事です。


NARUTOのカカシを演じていた井上さんも 自社の求める人材で”実力”に類する言葉は一切発さず、

”一緒に仕事していて楽しい人”を求めると言っています、



個人であれば、実力だけあって人の意見を聞かないガンコな職人肌が適合者なのですが、

残念ながら団体なので、技術よりも人の話が聞ける ってことの方が重要です。



なんかまた思いついたら更新しまーす✋️




多芸に無芸 代えのきくマルチタレント化について

 人生は使える時間が決まっています。


最近では、マルチに活躍できる 多才である事を売りにするビジネスが増えております。

演技しかできないと言う売り方よりも、

歌、踊り、演技、ビジュアル、絵が描けるという方が確かにプロモーションをかけやすいですし、何だか凄そうに見えます。


だけれども、よく考えてください。

芝居(や歌)ってそんなに下手の横好きをしていられる程、簡単に極められる分野でしたっけ?


歌もダンスも演技も頑張りたいです!という人が居たとして、

よく聞くとそれは当たり前で、

できるものなら皆、やりたいというか持っていて損はないです。

至極当たり前なので、間違ってはいませんが


例えば、中学生の中間テストがわかりやすいです。

国語 数学 英語 理科 社会 の5科目あったとして、

勉強する時間が前日の1時間しか無かったとします。


どんなに頭の良い人でも、どの問題がどういう形式で出されるかまでは分からないので、

国語だけを1時間勉強した人と、5科目全てを均等に勉強した人とでは点数の差が開きます。

これは100時間でも、ニンゲンの寿命でも同じです。


手練手管で一丁噛みする事そのものが悪いことだとは言っていません。

分野ではなく、人生という尺度で見れば使える時間が決まっているからこそやってみたい事をやりたいだけ手を出す、という考え方は間違っていません。

しかし、アレコレと手を出せば出すほど、一つのものに使える時間は必ず減っていきます。


そして、残念ながら内容よりも華やかに見える事が芸能やエンタメでは重要なので、

●●(芝居、歌)しか考えていません!というタイプは、一部の古い演者側には好かれたとしても、彼らはマネージメント(営業)側ではないので、

売る能力も権限もなく、

営業側に好かれるアピールをした方が売れやすいですが、

仮に営業側の人に古い価値観の人がいて、一本筋通った人を募集していたとしても、

今度は世間が見向きもしないので、売れません。

(具体的には、同じデザインの服があったとします。安い無名ブランドと、高級として知られる会社のロゴが入った服とでは、内容が同じでも売れ方に差が出ます。

或いは、それが”流っている”か、”流行っていないか”が売れ行きに影響します。

要は内容ではなく”流行っている”かどうかが日本の全体基準で、それが何故、流行っているか?は考えません。

ハンドスピナーがそうですが、使い道もないのに流行しましたよね

因みにヨーロッパやアメリカの様な大陸となってくると、日本の様な小さい島国で起こりがちな一つの何かが流行るというのは無いので、皆が知っている共通項といえば、大統領選挙とか国王の名前ぐらいです。)


余談ですが、流行っているからある二輪車を買ったという人がいて、

何で流行ってるの? と質問した女性がいました。

その人は、何で流行ってるか聞かれても困る😠

と言っていました。


この人は、何かを売る為に意図的に作り出された流行にまんまとハメられた最下層の”消費”者なので、

何で流行ってるかは知る由もありませんし、

何で流行ってるかをそんな人に聞いた質問した女性もまたミステイクなんですね。


つまり、芸術でビジネスを行うという事は、

センスの無い(もしくは頭の悪い)多数派に多くのお金を出してもらう為に、

時にはごまをすり、媚を売り、時には、何の意味もないものを流行している、何故かよく見かけるからあげ屋の金賞と同じく、そのキャストを売り込む為に作られた●●コンテストや、主演賞みたいなものを捏造したり、データも出さず大好評という売り文句で扇動する必要があるのです。


その方が、華やかに見えて皆が見向きします。

2024年6月11日火曜日

芸術は誰もが行う資格があるが、唯一例外がある(こういう人だけはやる資格がない)

 とあるフルートを吹いている人が、ビブラートをかけている歌手は上手い、そのビブラートはボイトレに行っても生まれ持った才能でビブラートをかけている人には”絶対に”敵わない

と書いていました。


質問できるスペースも無いですし、する気も失せていますが、あえて質問し、皆さんに教訓にして貰いたいと思います。


Q.

ビブラートをかけた歌=上手いという事と、

”絶対に”才能には勝てない という事を、

音響学のデータを用いて説明してください。



答えは、不可能です。

なぜなら、答えが出ないのが芸術であるからです。


ビブラートをかけた歌=上手い というのも誤りです。

スピッツのクサノさんは殆どかけていませんが有名で売れていますよね。(有名で売れている事が正しいかではなく)

ビブラートのかかった歌が上手い(どの程度?)と勝手にその人が感じただけです。

それを無理矢理、一般化したと

純正律から見て平均律はおかしく感じます。双方から見てアラビア音階はおかしく感じます。

しかし、アラブの人達からするとアラビア音階は良く聞こえます。


(※ボイトレ教室の効果については著者も懐疑的です。

もちろん、通っても良いですがピンキリですし、何を以て歌が上手くなったのかは人によるので)


本題ですが、こういった何の根拠もない独善的な感想で”絶対”という言葉を使って他人の可能性を阻む人だけは芸術をやる資格がないです。

どんなに才能がなくともやりたくて行っているなら誰も貴方を止める事はできません。(そもそも才能とは?定義化できないでしょう。)


また、論理的な理由もなく他者を下げる事でしか自分(または自分の推している対象や信仰している何か)を上げる事のできない人です。

盲目なファンの人に多いですが、具体的には●●はダメ、●●よりすごい! という人です。

芸術に優劣はありません。

小学校の前に学生が描いた絵が飾っていたりしますが、ぐちゃぐちゃで酷い絵とも言えますし、小さい子にしか捉えられない純粋な特徴を捉えている とも言えます。


結局は捉え方次第の世界なので、どんなにおかしく見えたとしてもその人が真剣に向き合って出来た作品であるならば認めるべきです。


因みに、今回と前回書いた(調理師と主婦)記事が、著者がブロガーを初めた理由です。



芸術の世界でプロを主張するのはイケメン(美女)と自称する様なもの(調理師と主婦)

IT界隈ではあまり見かけない気がしますが、

芸術界隈となると プロです。 プロは~ などと前置く人がいます。

題目に書いた通り、調理師(肩書)免許など無くとも、誰もが料理をします。

一人暮らしの大学生だってしますし、小学生でもします。

キャビアやフォアグラ等の高級な希少珍味など使わなくとも、

フランスで修行したシェフでなくとも、

美味しい料理は作れますよね。


芸術の世界でも同じです。

誰もが日常の中で芝居をしていますし、絵を描いている人もいます。


芸術史の中で、ギルドに加入していない画家は画家を名乗ってはいけない

という横暴や、ロシア構成主義の一つにヒトラー政権にとってマイナスになる様な芸術作品を作ってはならない

という時代がありましたが、今はそうではありません。


そもそも、何を以てプロとするかは人それぞれです。

有名であるか、金持ちか、技術か。


有名でも、実力のない有名無実という言葉もあり

画家として売れ世界では知られても日本では大衆向け漫画の方が知られているパターンもあって、

歴代の蓄積された技術があるのに、製法が特殊すぎてチェーン化できず廃れてしまった伝統文化や古い店もある。


今はSNSですぐにマネタイズする事が可能で、

1円以上稼いでいれば定義上”稼ぎがある”と言えますし、食える様になるとは言っても、

無欲な人なら月5万もあれば生活できます。


では、現代で”プロ”という肩書が何の意味を成すのですか?

芸術とは、誰もが表現する権利を持った表現形態(方法論)であり、”本来は”食わす為にあるものではありません。

(※稼ぎにつなげてもよいですが、本文は想いを創造する事にあって現代で言う所の”趣味”が本来の形であるという意)


それくらい、プロとは曖昧な言葉です。


IT界隈では、金や権利に固執せず良い技術を自由や社会の為に使い、独占しないOSS(オープンソース)や自由ソフトウェア運動、そのライセンスがあります。

そういった自由性の元で成立してきた事が土台にある分野だからなのか、現代でも私はエンジニアだ!(キリッ

という人は本当に一流な人では、あまり見かけません。


芸術の世界でも、元々はニンゲンの祖先が自由に踊ったり石を叩いて奏でていた分野であることは同じハズなのですがね。

2024年5月7日火曜日

人気≠稼ぎ≠技術

 混同されがちですが、人気と稼ぐ力と技術は別方向です。


・音楽で例えた場合


クラシックは現代にも残る音楽理論を体系化し、多くの大衆が好き好んで(いる人も多少居ますがポップスよりは)聴いている訳でもないが、義務教育の授業にもあり偉人達として知られている。

ポップスは大衆が好き好んで聴いているが、別に後代に残る技術体系を確立した訳でもなく過去の偉人と呼ばれている人たちが編み出した技術の上で成立している音楽。


クラシックは大衆向けのポップスより人気は無いが、技術はあるという例。


余談ですが、無類の音楽好き(というか生粋の芸術家)は他人から見たらヘンテコな事をやりがちです。

無調、4分33秒 等がそうです。

この曲は4分33秒の間、何も演奏しない(会場の無音が演奏になっているという言い訳)って事で音楽を知っている人たちの間では有名な曲ですが、現代にも斬新な曲として語り継がれているくらいには凄いって事(と捉えることが出来る)です。

無調も、音楽理論(技術)的には凄いことをやろうとしているんですが、聴いている側からすると聴くに耐えない曲になっています。




・医者で説明する場合


昔の医者(例えば江戸時代)は、清貧を良しとしていて人命救助をボランティアとしてやっていました。

人の命を助けるのに対価を受け取るというのが義理人情に反するという考え方です。(金のない人も平等に見るとか)

なので、昔の医者は貧乏でしたが、代わりに村に愛され皆から物資として貰って生活していた歴史があります。

人気はあるが、お金は無かったという例。


しかし、現代だとお金が無い人はそもそも病院にすらいけませんし、

大手の病院だと白の巨塔と化していたり、それぞれの派閥争いがあったり、政治と繋がっていたり、マッドサイエントな事をしていたりします。

調べると出てくるのですが、貧乏と虫歯の数は関係性があります。


病院も経営ですから、お金が無ければ存続できません。

なので、経営が危うくなった場所から薬を無駄に多めに売る等も当然あります。




・作曲で説明する場合


何かの曲を作ろうとした際に、自分が好きなように作った曲と世間(日本人好みの味付け)に向けた曲 どちらにお金が入ると思いますか?


残念ながら、どれだけ技術や意思があっても”お金を稼ぐ”という方向性でやっていくのならある程度世間に媚びる という事は避けられません。(売れない)


技術的には凄いが、聴くに耐えない曲 というのを先程、説明しましたがそれがいい例です。


人間には心地よいと感じる(ソルフェジオなど)周波数やパターン(進行)があり、

売れる曲やシナリオ、演技というのは殆どパターンが決まっています。


漫画を出版する会社でも、編集者だとかマーケティングする人がいます。

漫画家としては自分のやりたい事を優先したいが、それだと売れないので後方(広報)が培ってきた日本でエンタメという定義できない曖昧な何かで効率よく集金するには

という”ビジネス”スキルが非常に重要になってきます。

芸能事務所もまた同じです。事務所の力が9割だと言っても過言ではありません。

(海外だとフリーの俳優が基本なのですが、日本でフリー俳優として売れた方って思い当たりますか?)


要は極端な話、漫画家の技術を100だとして、バックアップの力を0だとするとほぼ売れないという事が言えます。




・柔軟剤で説明する場合


レノアという商品と、レノアと同等か以上だが無名の柔軟剤が同じ値段で並んでいたとします。

恐らくレノアを手に取るでしょう。

それは、レノアという商品が有名であり、バンバン広告も打って知られているからです。


商品としてのポテンシャル(技能)だけあっても売れません。
”営業力(金)”と”集客力(人気度)”が重要だからです。





・和菓子で説明する場合

ういろうと言う商品をご存知でしょうか。
薬屋から派生して現代にも残る和菓子屋があるのですが、自社の商品をデパートの売り場に出したところ売れ行きかコストの関係で自前の店だけで売る事になりました。

これは、原材料等の事情はあるのでしょうが、多少高くて本物の和菓子よりも、安くて大量生産された工場出荷の和菓子の方が利益になるということです。
ちなみに、通信販売もしていません。
現に、菓子メーカーはチェーン化して事業を拡大して業績を伸ばしているのにこの本家はしていませんからね。
(※本家のインタビュー記事によると、街の人を優先したいので通信販売は行わないとの事。)


要は、それが本物であろうが、職人芸であろうが、資本主義的な観点から見たら時代錯誤だという事です。
個人的にはこういう本家の様な職人気質が好きですが、原材料も高騰化して今では結構な値段になっちゃってます。

功利主義が過ぎるとこういった伝統ある文化ごと仮に代々継承されてきた製法(技能)があったとしても消えていってしまうという事です。





稼いでると凄い!

人気があってすごい!


などと、言いますが”凄い”の根拠を探っていくと本質が見えてきますよ

2024年4月19日金曜日

フルトラッキングを使えば家でモーションアクトができる時代に!

 作成中

Vチューバーの事を英語ではvoice actor(声優) と言う

 個人・私人問わず海外からはVtuberの事をvoice actor(声優) と言われています。


前回の記事

https://www.blogger.com/u/1/blog/post/edit/3789005980407243801/4436575899978786100?hl=ja


で、海外の俳優事情について大まかに解説しましたが、

海外では日本よりも多くのフリー役者が居ますので、日本の声優とは大きくニュアンスが異なります。(本来の定義上は日本でも個人活動している人を声優と呼ぶんですが)


余談ですが、一括りに役者と言っても様々です。


舞台俳優、TVの俳優、2.5次元俳優、ミュージカル、オペラ、戯曲系、お笑い芸人の喜劇、能、歌舞伎、アニメ系声優、外画系声優、歌って踊るアイドル系声優、モーションアクター、特撮系、文化系(日光江戸村とか)、着ぐるみ俳優、アトラクションキャスト(ディズニーやUSJ)、コンセプトカフェの店員(決まった配役で演じているという点で)、VRキャスト、ボードゲームショップ(TRPG) 等


日本だけでもこれだけ多くの俳優の形があります。


日本でvoice actorというと何だか、芸能事務所に入っているキャストを指すような印象がありますが、(無いなら正常です)


事の正誤はどうあれ、アメリカだと一つのCMに出ただけで俺はタレントだ!という人も多い訳です。


これからは肩書に拘らず、ふわっとした意味で捉えていくとストレスが無いと思いますよ。


日本とは違い海外の俳優はフリーが基本

 Comment ça va? tout le monde.


皆さんは芸術やその他で創作活動をしていますか?


残念ながら日本でアマチュア活動をしている人はプロより素晴らしい作品を作っていても自信が無い人も多いように見えます。(凄く繊細な絵を描いているのに企業に所属していないからイラストレーターを名乗りづらい とか)


ところが、海外 特にアメリカだと映画の歴史が深いだけあって、日本よりもキャストに支払うインセンティブだとか、日本の様に一部の事務所が市場独占をする訳でもなく、多くの役者が役者として活きられる様な体制が整っていて、遥かに先を行っています。

例えば、日本だと事務所にしか入らない仕事が多く、一般公募オーディションがあっても出来レースであったりとどこかに所属している中での矮小な競争社会になっており非常に残念な事になっておりますが、

海外だと真逆で、アメリカなら人口も日本の3倍多いのでその分、多種多様なジャンルのコンテンツクリエイターと成果物と役者がいます。

ヨーロッパであれば芸術運動が盛んに行われ、今でも国が芸術家志望に対する助成金を支払うなど、日本ではあり得ない公的支援もあったり、

ギリシャや近郊の国では西洋劇の発祥地(此方でいうところの、能や歌舞伎)ですからより造詣深い芸術で溢れています。

(アメリカでも事務所やフィルム会社はありますが、日本の芸能事務所とは大きくニュアンスが異なるという事です)


故に、海外では日本で言う所のよりライトな就職活動をする様な感覚で俳優・声優を目指す事ができるんですね

また、個人・私人問わず海外からはVtuberの事をvoice actor(声優) と言われています。


今回は、以上のグローバルな観点から

この記事を読んでもらった皆さんには今の自分が、全くお金を稼ぐ気のないアマチュアだったとしても、

どこかに所属しているプロなのに全く仕事がないという人も、

売れはしたものの自分の低い技術に納得できない人も、


広い視野を以て日本とは違う文化圏の方法論を学び、

多様なアーティストの形がある という事を理解して悩むことなく心を軽くして貰いたいんです。






大まかな風潮を言うと、

素晴らしい技能を持っていてもアマチュアだと、肩書がないと絶対認めない人も居ますし、

でも仮にプロでどこかに所属していても殆ど仕事が入ってこない なんて事もザラです。


日本でも若干、先述のグローバルな流れが来ていて、

無所属のフリークリエイターがプロの音楽ヒットチャートを抜いて1位にランクインする なんてことも数年前からありますし、

個人で作ったボカロ曲がカラオケに採用された という話も多くなっています。



これからは芸術も力差社会になっていきますので、フリーで活動する方が先見の明があると言えるんではないでしょうか。

2024年4月9日火曜日

プロは工場勤務のパン屋、アマは個人経営のパン屋と置き換えると分かりやすい

 プロ=工場勤務のパン屋


アマ=個人経営のパン屋



プロのパン屋(芸術作品)は発注元のオーダーに合わせて作るが、発注数・コンプライアンス・発注元の意見・ルール上のコスト等の制約が多いが、

アマとは違い、明確なパトロン(コネ)が居て安定して見える定期収入がほぼ確約している事と、企業である事の強みである大量生産が可能。

逆にアマは、制約がなくプロならば会社用の倫理審査機関を通す事を考えたり、コストや決められた日数内で作る(創造性を犠牲に利益を優先する)事を日夜考えているので合わせたり削る事を優先しがちになる。

対し、自由に創れるのでよりワールドワイドに受けやすく何でも出来るが、量販等をする際はコネや資金力、会社(事業主)としての信用性が弱い。


歴史的に見ても、エリザベス王朝時代でパトロンがついていない芸術家は排除されるという暴挙もあったが、

パトロン(コネが強くなる)がつく、ついていないで判断すると次第に大衆から離れ(クリエイター、演者が少なくなると市場が縮小され、大衆より金持ち貴族向けになる、クラシック化)

その後、大衆が私物化された芸術を解放する形の運動が起きる

ざっくり言うとこの流れが繰り返されており、現代においても同じ事が言える。

(尚、この時は女が舞台に上がる事がタブーとされていたので女優はいない。この時点で既にパトロンがつくことで質が上がった等と某WIKIで記載されているが、根拠も書かれていない現代の一個人が勝手に当時を決めつけた私見上の質でしかない)


月次だが、TV業界がまるで芸術は自分たちが生み出したかのように市場を独占し、インターネットが出てきて、次の媒体が台頭するという流れになると思われる


※当人とはニュアンスが異なるだろうが、つんくさんのプロアマじゃんけんではプロがアマに負けるという記事を見て興味深かった為、記事にしました。

分かりづらいかもしれませんが、プロではない事にも利点があるという意味になります。

以下に私が参考にさせて頂いたnoteをリンクフリーかわからんので、伏せてURL置いときます。



ttps://note.tsunku.net/n/nc9559c0f5938

2024年4月8日月曜日

悪いことは言わない此方へは来るな 今日という今日は言わせてもらうぞ

 って話


今回は理論めいた話というより、どちらかというと本来あるべき雑記なのですが。


例えば私は、名のしれた芸能事務所(主に声優と呼ばれるマネージメントが多い方向の)に籍を置いていました。


まず、多くの場合、基礎科と呼ばれる養成所の最初のクラスから飛び級して研究科という最終クラスに行ったのですが。

事務所に在籍してから様々なワークショップに参加して”技術(芝居力)”だけを追い求めてきました。

当時から個人的な感想として思うのは、養成所のレベルはぶっちゃけ低いです。

私が普段から参加させて貰ってるWSや、海外の演技作法を参考にしたり自分が最も過酷だと感じた毎日行っているトレーニング法の方がキツイと思うくらい低かったです。(ココに入る前に体験入所や見学も多くして吟味したうえでの話。)


興味のない人にとっては、声優や俳優のアクターズスタジオ、専門学校に入って何かをしていると聞かされれば なにか凄い事をしている! と思うのも無理もありませんが、


してません。 ハイ


1割(という私の知らない可能性)はしているのかもしれませんが、

どこもかしこも 演劇のルーツであるとある国の体系を学んでいる だとか、音声学的あるいは耳鼻咽喉に関する医学知識、言語学的知見があったりする人が(厳格に知っている必要もありませんが)教えているのかと言えば全くそうではありません。

よく、声優の多くが突発性難聴や、ポリープ、声帯手術などを行うことがあります。

これは、耳鼻咽喉学的に無理のある発声法をしているからなのです。(元々、体質的に弱かった例もあるでしょうが)

勿論、演技なので必要ではありますが医学的知見を正しく習得していれば最悪の事態を避ける事も可能だった筈です。



そして、知ってもらいたいのが、

多くの養成所生、志願者、事務所の経営者、現役の役者の多く(主に声優、アニメ方面)は全面的に”オタク”です。(昔はそもそも、声優は売れない俳優の雑仕事だったので異なりますが。)


勘違いしてほしくないのは、”オタク”といっても厳格的な”芝居オタク”(戯曲とか)ではなく、現代的な”アニメ”オタクです。

悪いことだ、とまでは言いませんが、何が言いたいかというと 正しく舞台の歴史を学び、芸術的な芝居そのものに知見のある者ではない という事です。

(※もちろん、芝居とは一般人も多くの人が毎日、意識的に行っていることであり特別なことですらありませんが)

日本のジャパニメーションサブカルチャーとでもいいましょうか、その歴史に魅入られた人 が殆どであるということです。

だから例えば、声優志望者の多くに”身体では演じるのが恥ずかしいが、声なら行けると思った” ”◯◯に会いたかった”などが挙げられますが、

動機としては不純ですがそれでも売れたりしていますし、これは事務所にマネージメント側として入ってくる人もこういった動機の人は多いです。


故に、”オタクではない”人は馴染めません。


例えば、わかりやすく言うとアニメに興味ない陽キャタイプの人とその逆の人です。

混ぜるな危険の代表格だとは考えられませんか?

私の場合は、陽キャという程ではありませんがアニメは対して興味ありませんでした。

なので、これから目指す人はサブカルオタクであった方がウケが非常によろしいです。



ここからは私の感想なのですが、個人的に目指している段階から現代の人気職である声優と過去の職人芸であった頃の声優とでズレている事を黙認していました。

それでも、現代でも希望はあるのではないかと思って直向に躍進し続けていたのですが、

私の場合は、所属後にやはりアイドルとしての側面が強くなってしまったのだな と確信に変わってしまった次第です。


仮に私が続けていても、籍を置いているだけのタレントにはなれていたでしょうが、

それで満足する器ならば、役者として誰かに認めてもらいたいが為の小さな器量だったのか?

でも、事務所と契約している以上フリーとしての活躍は制約があるからどこかで踏み出さないといけません。

となってくると、判断は早いほうが良いわけです。


現役の役者でさえ、その厳格な芸術史や発声学に知見がある人はほんの一握りです。(資格化していいものでもないので、ケースバイケースですが。)

例えば声優のラジオや個人のブログ等で、こういった芸術史について話されている方を知っていますか?私は知りません。

つまり、厳格な芸術史や音声学について知らなくても成立するのが日本芸能であり、そういった功利主義的な価値観ではなく力だけを求める技工派の人はお呼びでないのです。


前にも記載したかもしれませんが、これは会社員と酷似しています。

本当に技術ある人よりも上司や世間に正論を言ってケンカを売らない隷属を必要とするのと同じです。



私も騙されたのですが、それでも日本芸能関係はあたかも自分たちが正しく芸というそのものを作り出したかというような顔をし、

現代のニーズがどうとか、芝居力がどうとか 嘯きます。


そんなビジネスに騙されないで欲しいということです。


ぶっちゃけ、ボカロPとして曲を出したほうがそのへんの所属アーティストより一人でやっている分マージンはありませんから収入も多いです。

個人の時代に戻ったのだから、もっと広い視野で、プロなどという肩書に惑わされないで下さい。

2024年4月5日金曜日

有名とは具体性がなく曖昧でどうでもいい概念

 どの世界でもそうかもしれませんが、芸術の世界でも”有名”を目指す人が居ます。

もちろん、目指すこと自体は自由ですが、有名の有効範囲とはどこまででしょう?

考えてみれば、誰も定義化できない言葉なんです。


まず第一に、例えば”日本で有名”と言っても、地方まで響いているのか? とても怪しい。

いくら情報化が進んだとは言え、田舎のご老人や若い人でも地方と都内では差異があります。

”日本で有名”の要件を正しく満たすには、日本人口全員が知らないといけないんです。

”世界的◯◯”という言葉もありますが、USAで知られているとしても、ギリシャやアフリカまで知られているのでしょうか。

知られてないならその時点で世界という言葉の定義を満たせず、嘘になってしまいます。


また、仮にその国で確実に有名というあり得ない状況が存在したとしても、

個人(その人)が知らなければ無価値と同然です。(有名であるはずなのに耳に入らなかったので)

代表的なのは、TVで有名なインスタグラマーがー。インフルエンサーが といいますが、

YouTubeやインスタを見ない世代の人にとっては知らない事が多いので、その時点で”有名”なのか?疑問です。

これは、テレビの芸能人も同じです。TVでキャリアを積んできた人でも、TVを見ない層にとってはあまり価値がありません。



有名とは、とても都合よく聞こえのいい言葉ですが、そんなに重要な事なのでしょうか?

ぶっちゃけた話、そこら辺の中堅芸能人やユーチューバより、syamuさんやへずまりゅうさん、ガーシーさんの方が有名ですよね。

ですが、彼らはあまり良いとは認識されていません。(私は面白いというか、個性があると思うのですが)


この方たちに限らず、炎上させるにも才能が必要なんです。

例えば、このブログがわかり易い。

不定期的にトゲトゲした現実をカキカキして、炎上する様な事を書いていますが、一向にしません。

そして、炎上させることでインプレッションを手っ取り早く稼ぐ方法は、方法論として非常に有効。


脱線しますが、正しくセールスする方法なんてなく、その悪質性がわかりやすかったか?だと思います。

営業職の人は気分を害すかもしれませんが、営業とは基本的に(※当社比)など捏造したデータを元に情弱に対して都合のよいことを言って自社製品を売りつける商売です。

本質的には何ら変わりありません。



芸術の世界でも、汎ゆるパターンがあります。

自分の似顔絵をグッズ化して商店を開いている人、音楽教室を開業する人、モーションアクター等、前には出ないタイプも存在します。


承認される事に重きを置くのをやめてみると人生が楽になるのではないでしょうか。

2024年4月2日火曜日

令和の時代にもなって”プロ”を目指さなければならないのか?

 ライトノベル累計発行部数

【1位】転生したらスライムだった件:4000万部

【2位】薬屋のひとりごと:3300万部

【3位】とある魔術の禁書目録:3100万部

【4位】ソードアート・オンライン:3000万部


この内、とある以外は出版社を通さず個人で書いていたものになります。(とあるも構想は肩書上のプロになる前からあったかもしれませんが)


1位と2位は小説家になろうサイトに無料で上げられた物ですし、4位も個人のブログに記載していたものが主な起点になっています。


描いている内容は同じでも、有名な会社を通すかどうかで彼はプロだとかアマだとか分けられてしまうのは発想が貧相極まりないですよね。



また、教職関係の人も授業で取り扱った内容をそのまま公開動画にしたりしています。

内容は同じでも、教務として学内で扱えばプロで、動画にするとアマになります。


ソフトウェアも同様です。

LinuxOSも無料でwindowsやMAC以上の機能を有し、

Libreもエクセル・ワードと同等以上で、Blender(モデリングソフト)やCakeWalk(SONAR、無料DAWソフト楽曲制作の)も同様です。

募金箱はあるものの、無料で有料より優れたソフトを使えますが、インディーであった場合はこれは本職ではなくインディーだ!と言われてしまいます。



これは、役者業にも、音楽にも言えることです。

食い物にする事を悪いことだとはいいませんが、自分を食わす為の道具として使うのか、エドガー・アラン・ポーの様に本質的な芸術の為の芸術として磨くのかとでは大差があるという事です。


あまり功利主義にならず、本当にプロになる必要があるのか見つめ直してみるとよいと思います。



2024年3月17日日曜日

自分のことを好きと言ってくれる人が好きはリスクを冒せないご都合主義の言い訳

 最近になって増加した印象のあるこの理由ですが、ぶっちゃけただの体よく見える言い訳です。


確かに、9割の人は話しかけられたり、必要とされる、挨拶をされるというコミュニケーションによって幸福を感じ、そして相手が居なくなると満たされなくなる不満を感じる社会を構築する生き物ですので、理にはかなっています。


しかし、この言葉に限らず用法が非常にご都合主義で利己的なんですね。


例えば、最近だとSDGsやヴィーガン食が近い例です。


動物が可哀想→正しい。 だから強要しよう→間違い


動植物が可哀想という所までは合っています。

しかし、人間だけでなく虎や縞馬もまた、他の動物や植物を食べています。

だからと言って、轢き殺したり意味もなく殺戮する等は道義的にも法律的にも違反していますが。

(余談ですが、脳に直接栄養を送る技術や、ウィダーインゼリーやカロリーメイトなどの栄養食の開発に矛先を向けると良いと思います。

完成は遠い未来でしょうが、そういった研究もありますし、それならばそこまで食事に関心のない人たちも興味を示すでしょう。)



フェミニストも同様です。

フェミニストとは本来、平等を目指す人達ですが、

多くの場合、女性が女性だけを優位にする目的を持った人が多いです。


持続可能な社会にするためにロスを減らそう→正しい  しかし、実態はSDGsという言葉だけを大義名分とし、地球環境への本質的な貢献ではなく単なるビジネスワードとして会社や政治家が使うものとなっています。



話が反れましたが、これらと同じで自分の目的を果たす為の体よく使えるパワーワード的な用法になっています。


自分のことを好きと言う人が好き というのは、一見 何の問題もなくみえる言葉です。

しかし、これを絶対的にOKと定義して要件を満たさせた最終的な帰結点は


一夫多妻、または一妻多夫あるいは多夫多妻です。



もちろん、どこまでが恋人なのか? というのは人によって違いますので、行動するのは自由です。

例えば、男女が二人で食事をしただけで恋人判定する人もいますし、全くそう思わない人も居ます。

不倫ですら犯罪ではないくらいです。


自分のことを好きと言う人を好きになっていたら恋人”状態”の関係が沢山できます

ということです。

そしてその真意は、


・意中でない相手からアプローチが来ても保留状態にできる

・意中の相手から来なかったとしても相手が自分を好きと言ってないから私も好きではないという逃げ口実としても使える

・自分は相手を好きだが、相手は自分を好きと言ってくれないので自分が掲げた(自分の事を好きと言ってくれる人を好きになる)要件を満たさないので言い訳できる

・複数の相手と恋人状態、不誠実な関係を維持できる

・自分の真意を隠蔽できる


という、多機能チートを含蓄した詭弁術なのです。(としても使える)


もちろん、純粋な用法をしている人もいるでしょうが殆どはこんな感じです。


みなさんも、相手がこういった発言をしていたら気をつけてみてはどうでしょうか。


2024年3月16日土曜日

任天堂がエミュを阻止する事はデメリットでもある

 3DS とSwitchエミュに対して停止するように任天堂が海外で動きましたが、


まず、整理すると


・エミュそのものは合法で、エミュそのものを違法とするとレトロフリークやSwitchのバーチャルコンソール

まで該当してしまう。

因みに、法的にそれだけ例外にすればいいという単純なものではありません。

そもそも、ルールに例外を設けるとアッチは良くてコッチはダメで とより不完全なものになってしまいます。


現行機のSwitchエミュに対して停止させるのは合理的なのですが、

最近、3DSとWIIUのニンテンドーオンラインショップが終了しましたが、

此方のエミュまで停止させると却って無益になってしまいます。


というのも、その昔 とあるゲーム会社が中古市場に対してゲームソフトを中古屋で卸し販売するのはダメと唱えて訴訟した件があります。

中古を購入しても本社には利益がいきませんので、当然ですね。

(しかし、ソフトを中古で売るのは妥当であるという裁判所の最終的な判断になって未だに覆っていませんが)


古いエミュまで停止させると、中古を購入するしか選択肢がありませんので、

ゲーム会社の敵である中古屋を潤すことになります、



という事は恐らく、

新しい任天堂の次世代ゲーム機で3DSのエミュを搭載してバーチャルコンソールを販売する予定があるのかもしれません。

2024年3月8日金曜日

プロとアマで分ける思想はチェーン店を本物、商店街を偽物と言っている様なものである

 プロとアマで分ける貧相な考え方は、チェーン店(企業)を本物とし商店街(個人経営)をママゴトと言っている様なものです。


そもそも、芸術史を学んだ事がある人ならば直ぐに理解できる話なのですが。


芸術はライトな遊び(音楽であれば石を叩くとか、劇なら仮面を作る)から始まり、一部の国王の物となり、貴族の物となり、世俗的な物へ移行したり、既得権益のグループから認可されないと画家を名乗れないとか、ヒトラー政権を揶揄する芸術の一切を禁止した独裁者の物となったり、現代ならルールでこそ禁止してないが事務所に所属していることを正義と誤解したり・・・


歴史上、芸術は独占と解放を繰り返しています。


しかし、本質的には誰もが絵を描けますし、日常の中で芝居を打ち(隠し事とか)、演奏しています。


本当に芸術を愛しているのならば、重要なのは金や権利ではないことくらい分かると思うのですが


2024年3月6日水曜日

役者業もコンビニバイト(社員)と一緒 実力商売ではなく信用商売

 芸術の世界では、独創的で他人とは違う、何にも囚われない自由な発想が重要です。

海外では、女モデルが上裸でよくわからないアートを発表して賑わせたりしていたり、

バンクシーの落書きを海外では高値で取引され評価していますが、

日本でバンクシーが描いたと思われるネズミの路上アートは警察に被害届が出されるなど、真面目な結果になっています。



対し、日本芸能は正社員やアルバイトととても似ています。

多くの裏事情を知らない人は、芸能だから何か人と違う事が評価されるのだろう と捉えてしまいがちですが、そうでもありません。(裏では社員と同等ですが、皆さんに見せている表の部分は変わっているんだとか、独創的で価値が高いかの様な宣伝をするので、誤解するのも無理もありませんが)


どんなところが同じなのかというと、


まず、下手したら正社員より縦(コネとか歴)社会なので、挨拶や礼儀作法がうるさいほど重要視されます。

正社員のソレとは比べ物になりません。

例えば、営業マンの様にどれくらい売上を出したかという成果を数値化できない世界なので、挨拶をとにかくして顔を覚えてもらう というのが大事になってきます。


●●(事務所)の、●●です!!!!!!本日は、よろしくお願いします!!!!


といった具合です。

おっさんおばさんならともかく、年齢が若いと とにかく”元気”というのを重要視されます。

それはもう、オーディション風景を見れば瞭然なのですが、狂気を感じるほどです。

ただでさえ、既に大御所と呼ばれる年数の長い人たちが揺るがないコネクションを確立している椅子取りゲームを、何の信用(世間にケンカを売らないか、不祥事)もネームバリューない人が奪い合うのですから血眼です。


●●をやらせて頂きました という文言もそうです。

この業界には させて頂きました症候群が蔓っています。

一周回って 慇懃無礼になっています。


その椅子取りゲームのイスを取っていく為には、”実力”などという曖昧な評価指標なんて殆ど役に立たない訳です。

そんなものより、権限を持っている監督のコネを作る、とか

名前を覚えてもらうために広告を量産したりとか、

なんとかして周りを蹴落とす といった様な、推しの子みたいな いや、ソレ以上の人の邪な思想が充満します。

(芸能ビジネスで稼ぐためには合理的な判断だと思いますが)



私はエンジニアでもあるので、正社員の世界も一応知っているんですが


日本の会社でも能力より遅刻をしない、コミュニケーション力、上に楯突かない、世間に対して思ったことを言わないなどが重要です。


こうして並べてみると、何ら芸能と変わりません。

遅刻は当然ダメですし(残業はあるけど)、共同で作品を作っていく訳ですから一人だけが尖って上手いより全体のコミュ力が大事で そもそも独創性はすごいけど会話が成立しない人に仕事の斡旋はないですし、形態は個人契約なのに正社員以上に事務所の意向は絶対的ですし、最近の世情もあって不祥事なんてしたら終わりです。


最近だと、劇団四季の25歳の女性がいじめで自殺した なんて話もあります。


芸能の世界では、この様にして信用を培って仕事を取っていく能力商売ではなく、信用商売以外に選択肢がないのです。


そこで、インターネットはバカ探知機といわれますが、良い所もあります。

動画サイトやライブ配信などの昔からあったプラットフォームが台頭している所です。


役者が一人で何かを作るというのは難しいですが、絵師や音楽などは何とか楽団に入るために権限を持った人に師事しなければならない! といった事も、

曲を世界に出すためにレコード会社に持っていかなければならない!

といったことも現代ではありません。


明日から、すべての人が クリエイターであり芸術家になることができるのです。

芸能は違いますが、芸術とは本来、独占するものではなく自由に解放するためにあるのです。


クリムトが代表をつとめるウィーン分離派の機関誌にも


我々は、大芸術と小芸術の違いを知らない。我々は、貧富の芸術と富豪の芸術を知らない。

芸術は公共のための富である。


と言っています。


誰のものでもない芸術をプロという安い言葉で洗脳し、自分たちが本物だなどと世迷い言を抜かす芸能ビジネスから解放される時が来たということです。

そもそも、歴史上 ヒトラーによる独裁政治を批判する芸術の禁止や、ある程度知名度をもった芸術ギルドのお墨付きを渡さないと画家になってはいけないなどの最悪最低な独占は繰り返されています。


ですので、不毛な争いをやめ、一人一人が誰かに金や時間を無駄に支払うことのない

クリエイターになる権利があるという事実を認めましょう。


2024年3月5日火曜日

原作者が既に退社したゲームシリーズの歴史

 

前回はコレ

deepfw.hatenablog.com

スターありがとう

 

ゲームをシリーズ化していくと生みの親が開発に関わらなくなる事がよくあります。

会社の事情なので、お客さんからして見れば知ったことではないと思いますが、

アレ?このシリーズ、なんかいつもと違うな

と思った際に、一々調べるのも面倒なのでここに記載します。

(原作者が消えても、主要開発陣が残っていると大きな方向なく進む事が多い )

 

・FE(ファイアーエムブレム)

 

原作者:加賀昭三 氏

 

原作者である加賀さんはトラキア776まで関わっていました。

その後、封印の剣~暁の女神まで主要な開発陣が携わり、

覚醒から大きく転換します。

 

ゲームクリエイターといえど会社なので、利益を上げる事が最優先なのは分かりますが、

元々、硬派だったシリーズを軟派な物としてライト層を集客すると品質が低下するというのは難しいですね。

 

ゲームクリエイターといえど、会社員(すなわち、サラリーマン)なので利益を出さないといけません。

ゲームという売れるかどうかは結果を見ないとわからない物の企画書を上層部に通すにはわかりやすい根拠が必要です。(安直に世間の流行を取り入れる、誰でも理解できる簡単なお話にする等)

 

w.atwiki.jp

 

 

追記予定

FFCC クリスタルクロニクルリマスター取り逃し要素と注意点を先取りしる

 リンク

 

 

(※GC版の内容ですが殆ど継承していると思います)

(※FFCCリマスターは2020年の冬→夏頃に延期しました気長に待とう)

(※取り返しのつかない要素は高難度ダンジョンか、他人の部屋に入る事で解消しました)

 

1.+1アーティファクト

 

ファイナルファンタジークリスタルクロニクルはレベル上げという概念がなく、ダンジョンをクリアした際に手に入るアーティファクトで強化していきます。(例:光の辞典 魔法+1 バックラー 防御+1 ルーンの杖 魔法+1)

ゲームキューブ版では、このファクトが後で取れなくなる

コンプリートする際は気をつけないといけません

 

光の辞典

1週目ヴェオ・ル水門でマップの南東にある宝箱(ランダム出現)

それか2周目のジャック・モキートの館を低得点クリア。

 

バックラー

2周目迄のリバーベル街道を低得点クリア ランダム報酬

 

ルーンの杖

1週目ジャック・モキートの館 宝箱からランダムに出現

または同マップを低得点クリア。

 

その他の+!アーティファクトはレベルが上がる毎に出にくくなるので注意が必要

優先的に取りたいファクト

 

 

 

 

 FFCCで分かり辛い、周回要素について

ダンジョンをクリアする毎にミルラの雫が1滴溜まり、3回溜めるとどんちゃん騒ぎ

いや 村のお祭り? が催されます(日記を回想するシーン)

それで1周目です これが3週する毎にダンジョンのレベルが上がっていき、アーティファクトのランダムテーブルも変化します。

レベル3まであり、レベル1までが+1系アーティファクトの出やすいレベルです

GC版では、メモリーカードが2つとコントローラー、GBAケーブルさえあれば、新規でセーブを作成して弱いダンジョンに育てたいキャラクターをおでかけさせ

2つを一人で操作してダンジョンをクリアすればアーティファクトだけ持ち帰るという技があります。

 

でも、この辺は昔のゲームにありがちな面白いけど厄介で面倒なシステムなので、リマスターでは無くなると思います

 

2.キャラクターメイキングで選べる職業は後から変更ができない

 

 

・商人

レベルMAXに到達すると"きゅうきょくぶき""てっぺきのゆびわ"の作成に必要な素材が売られる

 

・錬金術師
レベルに応じてレシピを貰える
レベル11「てっぺきのゆびわ」、レベル12「きゅうきょくぶき」はここでしか入手できない

※セーブデータ1つにつき1個

 

・かじ屋
武器・防具を作れる
MAXに到達すると、鍛冶屋にしか作成できない「きゅうきょくぶき」のレシピの作成ができるようになる。

 

・さいほう屋
アクセサリ製造
最大に到達すると、「てっぺきのゆびわ」のレシピの作成ができる様になる。

 

・家族割プラン(を家族で設けるという)


かじ屋、商人、さいほう屋、は、その家のキャラクターで買い物をする場合、相性値に応じて割引制度がある

※商人に関しては「売却値は取り扱い価格から算出」しているので、相性値が上がるほど、アイテムを売る場合、安く買われてしまうという問題点あり。

 

以下、初心者キラーの職業一覧

・農家

 

こむぎをそだてるよ いらないね

 

・牛飼い

 

肉、ミルクをくれるよ 興味ないね

 

・こなひき

 

小麦から小麦粉を製造してくれるよ なんのいみがあるのかな

 

・漁師

 

魚をくれるよ ダンジョンでも手に入るよ

 

 

ゴミ職業はリマスターではどうなるんでしょうね

 

 

マルチ展開しているリマスター、買うのに迷っている初心者は此方

https://deepfw.hatenablog.com/entry/2020/01/09/200730?_ga=2.264875087.1367456965.1578168440-1591271530.1577544204

 

 

旧作品との繋がりはコレ

 

 

最初に選ぶ種族はどれがええんやっていう初心者ニキこっちな

 

 

 

魔導物語、ぷよぷよ 分かりにくいコンパイル時代と現SEGA時代をざっくり解説

 分かり辛い魔導物語とぷよぷよシリーズの紹介

こればかりはwikiを見ても長すぎて何書いてあるか読む気すらしないですね
懐かしいシリーズゲームのCMを検索してもぷよぷよと魔導物語だけは端から端までまとめられた物が
出てきません。



≪アニメ・ゲーム・キャラクターグッズ専門店≫






ぷよぷよについて

起源


どーみのす という落ちもの系パズルゲームをコンパイル社の開発者が作ったが、つまらなかったので保留に
その後、作り直して魔導物語の初期開発者が合間に作っていた物と登場するキャラクター(アルル等)と組み合わせ、作り変えてできたのが 記念スべき第一作目のぷよぷよ


広島を代表するソフトウェア開発会社まで発展、1998年3月に和議申請→経営破綻→債務圧縮
復活する為にセガへぷよぷよシリーズ全体の知的財産権が売却。
2002年8月末日まではセガの権利の使用許可の元、コンパイルが『ぷよぷよ』シリーズを継続

したが、コンパイルは再建に失敗してぷよぷよ以外の権利をアイキ(平成19年2007年に破産)
→アイキから2005年にD4エンタープライズへ権利を移行

なので、魔導物語に登場したキャラクターとぷよぷよに登場したキャラクターは権利保有者が違う
(かといって、全く出せなくなるのかと言えば違う。過去に、ガラパゴスケータイのIモードアプリ等で共演した実績はある)


完全にセガ社に権利を買収されてから単独で始めて作ったゲーム機のぷよぷよが、みんなでぷよぷよ
ぷよぷよフィーバーからではない

1998年3月(商標権)ー2000年末まではセガの権利許諾の元に開発はコンパイルという体制をとっていたが、2001年4月4日にはセガからもIモード版ぷよぷよを製作


現在の、ぷよぷよクエスト等に登場するセガ版のアルルと、コンパイル社のぷよぷよのアルルとでは
全くキャラ設定が違うのは製作者自体が違うからなんですね
こういうことはゲーム会社では度々起こります。(ファイアーエムブレムなど)


CentOS7でhyper-VやVMを使って¥円マークを打ちたい場合

 VIエディタ等を使ってHTTPD.confのコンフィグをいじりたい時に、

金のマーク”¥”を打つと”\”このバックスラッシュになってしまいますね

 

centosに限らずlinux系、bash(バッシュ)ではバックスラッシュでも内部では¥扱いなので動作します

 

 

これは、

 

初の文字集合ASCII(American standard code for information interchange)

7ビット長コードで、可視化できる文字として 0x21 から 0x7E(16進数)までの94文字が定義され(空白など不可視文字も定義されている)

この中の0x5cがbackslash 「\」に割当てられています

 

一方、日本語文字集合JIS X0201はASCII文字+半角カタカナで

JIS X0201では、0x5c が 半角「¥」に割当てられました

0x7eがASCIIではチルダ(tilder)、JIS X0201ではオーバーライン(overline)になっています。

日本語キーボード入力の場合、「\」=半角「¥」という暗黙の了解ができあがっています。

まずは無料資料請求







芸術は他承認より自己承認 芸能界は不純な競争

 芸術において、他承認より自己承認のほうが重要です。

 

理由は簡単です。

 

他承認には終りがありません。

例えば、何かの作品を作って誰かの賞を得たい という場合、審査員の価値観が評価基準となるのでその賞を取っても、参加者の中で最も優れていたとは言えません。

 

お笑いグランプリでも、視聴者票と審査員票でかなりズレがあったり、コメントも視点が違うので審査員が難しい事を言っても視聴者には伝わりません。

 

多くの場合、審査員は芸の完成度を作ってきた側からコメントしますが、視聴者にとっては面白いか、面白くなかったか が基準なのです。

 

そして、審査員ではなく視聴者側の基準に合わせて作品を作っても今度は作ったことのある人側からの支持を得ることが難しくなります。

 

審査員側に合わせれば これは理屈がわかっている 造詣が深い と言われ、

視聴者からは よくわからなかった といわれる

 

また、多くの場合 審査基準が個人の価値観であることを利用して◯◯オーディション や ◯◯賞 というのは、出来レースになっています。

芸能プロダクションとして、評価基準が曖昧な世界でタレントという商品を売っていくにはそういった肩書作りというのが大事なのです。(ビジネス上は)

一人の人間に絞って、売り出していく方が儲かります。

 

いいねを稼ぐにしても、100♥を得たら今度は1000・・・とキリがありません。

そこで、多くの人に見せつける、知らしめるといったような広告力が必要になっていきます。

当然、他社もセールスする。と、今の無駄な広告で溢れた社会になる という構造です。

 

 

そして他承認を求めてしまう世界では、不純な競争になりがちです

 

数学のテスト界 という物があったとします。

 

此方は芸術と違って、正解がありますので80点取った人は残り20点を。

60だった人は40を勉強すればよい。

 

しかし、絵や芝居となると別。どこを直したらウケるのか? 評価を得ていることは良い事なのか? その評価は国内だけで世界ではどうなのか?

完璧な絵があったとしても、どこか下手だけど良さを感じる絵に敵うのか?

 

そこで、自分も努力したのになぜしていない人間が売れるのか、

ならば審査員の心象を買おう、金で買おう、枕営業をしよう、圧力をかけよう

などという卑怯な方法を使いがちです。

 

皆さんはピカソの絵は何がすごいか論理的に説明できますか?

 

私はできません。それっぽく話してインチキを吹くことはできますが

多くの人がピカソの絵の良さを理解できていなくとも、誰よりも有名ですよね。

 

 

なので、

他人ではなく、自分が満足する作品を作る

その方が、他人に依存することもなければ、肩書に拘ることもない、悪質なコネクション作りもしなくてすむ

 

 

評価基準が曖昧な世界では自己承認が重要です。

 

例の声優のセロリ発言について

 話題が古いですが、雨のつく女性声優(本人の宣伝になるといけないのでワードは避けますがw)

が私はセロリではない という内容を発言したことで物議を醸しました。

 

要約すると、アイドルではない、アイドル声優と呼ばれることが嫌だ という矛盾した発言でした。

 

結論から言うと、セロリです 貴方は というか、貴方方は

 

 

理由は簡単です。

 

彼女の所属するミュージックレインという芸能事務所は声事協(日本俳優連盟の様な、西田敏行さんが筆頭になって作った俳優の給与や待遇を改善する団体みたいなもの)

に加盟していません。

 

※声事協に加盟していないからといって声優でない、という事ではありません。

一旦、事務所を踏み台にして知名度を得た後にフリーになる方や、そもそも事務所も養成所も出ないフリーで活躍される方も声優です。 特に定義はありませんし、

旧来のアニメ制作などで声優としてキャスティングされ表に出てきている人が所属する事務所でも、声事協に加盟してない事務所も結構あります。

もっと言うと、アイドルや歌手のマネージメントが主な事務所の中の小さい声優担当部署もあります。

 

そういった連盟に加盟しているのをアニメ声優とするならば、この条件に当てはまらないですし、加盟してない人も多いです。

 

また、

近年では珍しくもなく正当化されていますが、メインの業種である裏方業よりも

歌って踊る事が多くなれば、当然、歌手であるのかダンサーであるのか曖昧になります。

世界で売れる韓国アイドルを手掛けたJYパークさんは、

「歌手がダンサーのように見えてはいけない」

と仰っています。

 

ベースばかり弾いている人がギタリストを名乗っても、誰もしっくり来ません。

 

◯◯パン屋という店に行って、ケーキばかり置いてあったら 誰もその店をパン屋だとは認識しません。

 

 

特に現代では、個人の時代に戻ったのでわざわざ事務所に入らなくとも、自主制作することもできますし、仕事もあります。

漫画家が分かりやすいと思います。銀魂の作者さんも漫画家志望の読者にコラムにて、上京する必要はない といったことを書いています。

 

 

題として挙げた女性声優は矛盾しながらも何故か、自分がセロリであることを嫌っているのですが、

芸能事務所も時代に負けて、今まで通りの稼ぎ方はできなくなった。職人芸から人気職として方向転換した。

フリーの人たちもまた、一つではなく、多数のプラットフォーム(tiktokとかyoutube その他、海外のサイト)が出来て、個人で作って表現できる場所が増えて便利になった。

 

双方(と、もっといろんな物)の境界線が曖昧になって、芸能に限った話ではなく、

今までは限られた肩書(銀行員、建築業とか)の中で取捨選択をしていましたが、

今後はインフルエンサー とか、ティックトッカー とか、ライバー ◯◯ブロガーの様に、稼ぎはあるが業種として認知されていない(昔からいたが、日本の認知が遅いせいで)職業が沢山います。

 

事実として、旧来の肩書を重視する方法論は形骸化してしまったのですから、

今後は見方を変えてみるとよいでしょう。

このブログが云いたいこと

 ズバリ、 インチキだからこそ肩の力を抜け! です

 

世の中には、考えられないほどのウソが蔓延しています。

ウソをつくつもりは無かったが、ウソになってしまう事もあります。

そして、本質的にも法律的にも悪意があろうと無かろうと、ウソはウソです。

 

人は、必ずウソをつく生き物だということです。

ウソが嫌い という人が居ます。当然、好きな人などいませんが、ウソが嫌いという人でも常に正しい情報を発言できるか、といえばそうではありません。

 

1990年代-2010年頃からインターネットを利用してきた人であれば、理系の人間が職業の延長でブログや動画サイト、掲示板をやっていた人が多く、ウソっぽい情報はすぐに根拠を確認します。(実際に、有名な2chのテンプレに、”ソースは?”というものがある)

一部の人しかネットをやっていなかった関係上、ネットの言うことはウソだろう という肌感覚の線引を持っています。

 

しかし、それ以降に参入した人はネットとリアルの境界線が曖昧なので、TVと同じように扇動されやすい性質を持っています。

 

インターネットの一般化によって、ただのローカルな噂で済んだものが、世界に拡散されたり、

逆に、一つに拘らず個人で取捨選択しやすいツールが広まった とも言えますよね

 

ウソかどうかは根拠(アフィリエイト記事でないもの 例えば、医療であれば大学病院とか。ただし、ACですら誤情報はある。)

を確認しましょう。 というのは、常套なので、

 

インチキで出来ている世の中だからこそ肩の力を抜いてほしい というのが云いたいことになります。

 

迷惑をかけるな という言葉があります。小学生でもわかる当たり前の言葉を言い聞かせたところで、本質的に迷惑をかける大胆なタイプの人間に通用しません。

逆に、本質的に迷惑をかけるか配慮ができる過敏なタイプの人にこの言葉を言ってしまうと、余計に過敏にさせてしまいます。

 

ウソと同様に、迷惑をかけない人間などいません。 金のない親が子供を生むことは子供にとって不利な状況でスタートさせるので、子供にとって迷惑ですし、

生きていくために食べる だけでも、他者の命を奪っているので、奪われた側からすると迷惑です。

つまり、生きるということは迷惑の連鎖なのです。

 

私が芸術畑の人間なので、その延長でよく芸能の実態をはなしますが、

これも、ただ批判しているのではなく、”騙される”のと、”理解して乗っかる”のとでは、結果も異なります。

個人的にはこんな詐欺商売はとっとと消えたほうがよい と思っていますが、利用価値を見出している人にとっては財宝に見えますよね

ですから、せめてそういう 夢見がちな人たちの為に悪い人たちに騙されないようにかけるだけ実態をお教えしよう という魂胆なのです。

 

かくいう私も、過去にバイトをしていた店で給与未払があり、n十万ほど持ち逃げされています。

今でも騙されているのでしょうが、若い時はもっと騙されていました。

 

 

インチキもウソも迷惑も、そういうものだと妥協して肩書に拘らずに生きていくほうがストレスなく生きられますよ

社会人って何だ、芸能人とは何だ

 私が芸能にいた頃に”立派な社会人です”という事を念入りに言われました。

 

でもこれって、芸能に関わらず本当の意味で”大人になれ”と言っているケースは少ない

 

芸能に関して言えば、単に 君たちは商品なので本音は言わないように、世間に歯向かわないように、遅刻もしないように(こっちは残業させたりコキ使うけど!)

ということを暗に言っています。

 

実際に、お笑い芸人養成所で有名なNSCでは、コンプラの授業があり、一度でも遅刻すると退所になります。(年50万が( ᐛ👐)パァになる)

 

ぶっちゃけ、(日本芸能は違うが)芸能をやっている人間なんて偏屈で変わっています。

なぜなら、そうでなければ成立しないからです。 人と違った物がなければ意味がないから

そんな人たちが集まる界隈をさも一般的な社会人として扱うのは矛盾しています。

昭和の時代ならおそらく、世間にカウンターを打てる人が多かったので大きく変貌してしまったのでしょうけど

 

結論から言うと、私は社会人という言葉が嫌いです。

 

社会人とは どういう定義でしょうか。 色々ありますが、ここで一回 定義化します。

 

時間を守る、規律を守る、法律も守る、真面目になる...

 

考えれば考えるほど範囲が広くなりますが、でもコレって、学生でも同じじゃないですか?

 

であれば、社会人という区分けは必要でしょうか。

 

無意味なラベリング、ローカルな規範や世間像の押しつけだと考えています。

 

例えば、日本人はレッテル貼りが好きです。

 

マスコミの報道に、◯◯(47歳)など、要らん情報を付加します。

 

おっさんやおばさん もそうです。 小学生からしてみれば、ヒゲの生えた人は中学生でもおっさんであり、

早稲田大学生物学名誉教授によると、人間の自然寿命は39歳というデータがあります。

であれば、その半分(19歳)以降はおっさん、おばさんと言えます。

 

また、人間の寿命が10年延びると、10年分、相対的に若さの境界線が広くなりますよね。(要するに、30をおじさんおばさんという価値観があったとして、10年寿命が伸びると、相対値も上昇して40になる)

 

ですが、データは一旦置いといて、この無駄な価値観のレッテル貼りって必要でしょうか。

単なる自虐趣味やもうおじさんおばさんだから、とやらない言い訳づくりにしかならないですよね。

 

肩書にこだわるのをやめてみてもいいんじゃないでしょうか。

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未成年同士の性交も勿論、違反である 18歳以下は性交禁止にすれば望まぬ妊娠も無くなる

 巷で大きく関心があり皆さんの大好きな話題となっている未成年の性交についてですが、

 

色々と嘘が多いのでここで整理してご紹介します。

 

1.未成年x未成年の性交

 

法律上は性交同意年齢によって、13-15までは5歳差であれば、刑法には触れません。

 

ですが、青少年保護系の条例に違反する可能性が極めて高いです。

 

まず、”淫行”は、未成年x成年に限定される話ではありません。

 

もちろん、未成年同士でも淫行と捉えられるケースは多いです。

 

例えば、未成年はセックスをする場所がありません。 家には親がいますし、ラブホテルは使えない(使ってる例はあるけど普通に違反)

かといって、公園やトイレですれば公然わいせつや猥褻物陳列罪、迷惑防止条例、青少年保護法違反に該当する可能性が高いです。

つまり、ヤる場所はないので、仮に法律がゴーサインを出したところでどちらにしろ違反になります。

 

 

2.未成年x成年

 

16歳以降であれば法には触れません。因みに、それ以下であっても”恋愛”を規制する法律はないので問題はありません。

一応、法律には”真摯な交際”と記載がありますが、”真摯”というものが定義化できないですし、成年であれば不純な付き合いを社会通念上してよいのか?といえばそうでもありません。

成年同士でも売春や淫行は法律で禁止されています。

とすると、背理的に”真摯”はほぼ意味がなく無効化されますので、普通にお互いが良く付き合っていれば特に問題はありません。

(レイプなどは暴力に該当するのでアウト)

 

3.成年x成年

 

これは少し脱線しますが、わかりやすく言うと、

未成年には手を出してはいけない といいますが、

では、おばさんであれば出してよいのでしょうか? もちろん、ダメですよね

 

まとめると、成年同士でも不純な付き合いや淫行は違法ということになります。

未成年の女性ばかりがピックアップされていますが、全女性に対し、不誠実な扱いは違法になりますよ ということです。

 

そして、この話にはつづきがあります

 

不同意性交罪というものが新たに施工されました。

 

これは、どういうことかというと、

 

年齢に関わらず、性交する際に同意の確認が取れる確実的な証拠(紙媒体や音声などの記録)が必要になり、

非親告罪ですので、確実的な証拠がない場合、被害者の告訴なしで刑事介入ができる ということです。

新しい法律ですので、合意があったにも関わらず被害者側がゴネたから刑事が動く といったことが実際に起こり得るかどうかはまだ判例がありませんが、

痴漢冤罪事件と同様に、よっぽどの無罪を証明できる証拠がなければ法律上は被害者の供述ベースで事件化できるようになっていくと思われます。

 

 

 

ここからは私見になりますが、

 

・根拠のない5歳差要件の謎

 

→法曹に対し弁護士がこの法律について、討論をする機会があるのですが、5歳差に対する根拠や、「不同意性交罪による冤罪の増加が考えられるが、対策はあるのか?」という問いに対し歯切れ悪く濁した回答でした。

 

例えば、18歳以下は一律で性交禁止にすれば、望まぬ中絶もなくなるのに

謎の5歳差要件が設けられました。

名目としては、未成年同士の恋愛の自由だそうですが、 そもそも昔から未成年の中絶や性知識の脆弱さは問われ続けているのに

法律が5歳差であれば未成年同士のセックスをOKとするというゴーサインを出すのはおかしいですし、

恋愛=セックスしてもOK と捉えるのは破綻しています。 愛情表現はセックスだけではありませんし、未成年という年齢上、愛情でセックスをするとは考えられません。

完全に性欲で動いているでしょう。

 

13歳という数値が明治時代から性交同意年齢は変わっていないと 無能記事サイトが記載していましたが、

結婚前性交渉を禁止する国や、16歳でタバコを吸える国、20歳以下は性交禁止の国もあります。

どうせ引き上げるなら 曖昧な年齢要件を設けるよりも一律禁止のほうが問題解決はできるでしょう。

 

余談ですが、労働8時間も明治時代から変わっていません

そちらの方が社会全体に関わる問題ですので、重要だと思います

 

 

今後は規制が強まる一方ですので、年齢を問わず性的なことの禁止事項が増え

少子化が加速すると思われますが、

レイプ以外に寛容になって、年の差でも同年でも自己責任にしてしまったほうが、国益に繋がると思いますが

このまま出生率も生産高も上がらず沈没する日本も見てみたいので、

一周回って私も規制化に賛成していこうと思います。

ゲームはオーディオブックでも、ビジュアルノベルでもない

 おはようございます。

 

ゲームの本質的な面白さは1990年代前後には殆ど完成しています。

 

パズルであれば、テトリス、ぷよぷよ

 

シミュレーションでいえば、ファミコンウォーズ

 

RPGで言えばドラゴンクエストやウィザードリィ など

 

 

現代におけるゲームは、オーケストラを起用した音源や、楽器数の多い曲、

 

テクスチャの多い綿密なグラフィック(要するに、リアルな人間とか)

 

不必要な声優の起用

 

確かに、美麗なグラフィックや大掛かりなサウンドがゲーム体験の質に全く効果を与えない とは言えませんが、近年のゲームは本質的なゲームクリエイトをサボって”ゲーム”の中核とは別方向に逃げすぎです。

 

世界で売れているゲームには余計なボイスも、綿密なグラフィックも、大掛かりなサウンドもないことはデータを見れば明らかです。

 

1位、マインクラフト

2位、テトリス

3位、WIIスポーツ

 

また、ドラクエシリーズ内でもボイスありのドラクエ11は売上5位程度ですし、

 

レトロゲームでボイスのあったリンダキューブ、スターオーシャン、テイルズオブファンタジアなどより、ボイスのないドラクエ3やFF7の方が社会現象を巻き起こし、売れていることは明らかです。

 

ただでさえテキスト量多いのにねっとり喋られたら何時までも終わらないですし、ゲームを購入した人はオーディオブックを読みたい訳ではありません。

グラフィックばかり綺麗で肝心の中身が疎かでは映画を見たほうが良いです。

 

どうしてこうなったかというと、ゲーム会社や起用する芸能側の利権が確立されたことが大きな要因です。

 

例えば、コンパイル時代のぷよぷよは 社員が声を当てたりしていました。

その方が、人件費やかける時間は大幅に浮きますので、ゲームの中身に着手できる時間が圧倒的に増えます。

現在は、仮にガヤであってもひいきにしている事務所から 今、所内でプッシュしている売り物(キャストのこと つまり声優とか)がいるからこいつを絶対出してくれ

と圧がかかります。

個人単位であれば好きなように断れますが、会社だとそうはいきません。

ガヤくらい自社で録るか、とか キャラに合ってないじゃん!と思っても決まり事ですので逆らえません。

 

こういった、ユーザには全く関係のない利権構造が出来上がっていて、ゲームの中身とは全く関係のないところで無駄なコストが発生しているというわけです。

 

従って、ある程度は自由に立ち回れるインディーズが台頭しはじめている とも言えますね

 

様々なゲームの方向性があるのはよいことですが、利権にお金を払っているのか、中身に払っているのか 考えてみて下さい

基礎という言葉に隠れた罠

 芸能の世界でも、基礎という言葉がよく使われます

 

でも、基礎って何か説明できますか?

 

一絡げに基礎といっても色々な基礎があります。

 

音楽で言えば、弾き方、理論、楽器の歴史、作曲者の歴史

 

私も華やかに見える応用より、基礎みたいな武骨な方が好きですが、ちょっと考えてみて下さい

 

音楽の歴史や理論を学んだところで、本当によい曲って作れると思いますか?

 

知見が深いのは良いことですが、曲の良さには直結しません。

 

これは良さ というのが曖昧で主観的(感想)なものだからです。

 

わかりやすく言うと、音楽理論を知らないで作曲して売れている人もいる ということです。

 

私は何度もこのブログ内で売れてる=良さではない と言っていますが、資本主義の世の中に毒されると、多くの人は 売れている=良さであると語解をします。

 

役者の養成所でも、基礎が大事ということが繰り返し実しやかに言われますが、

 

そんなものがあろうがなかろうが、売れなければ芸能事務所という株式会社の社員(形式は契約ですが、いいように使われるのでほぼ社員として)としては利益になりません。

 

芸能でやりたければ、基礎<目先の利益、SNSであれば自由 ということが言えますね

 

 

全てのアーティストは農家や水産業の方が存在価値があると理解しなければならない

 おはようございます。

 

能登半島地震の件で、とある芸人さんがライブをやりに行ったら被災地の人に真冬の中水をかけられたという話がありました。

 

裕福な人は被災者の気持ちが理解できないので、私たちが音楽やお笑いライブをやって元気づけにいこうぜ なんて思っちゃうのかもしれませんが、

飢餓状態で明日生きているかもわからない状況で芸術なんて見て笑えますか?普通に考えて

 

多くの裕福な人は、地味な産業より芸能人の方が華やかですごい と言います。

 

しかし、それを見ているファンも、その芸能人も 飯や睡眠を取っていきています。

 

その食料は農家、水産の方たちが生産しています。

 

もっというと、そこには生物の命を殺して成立しています。

 

農家は歌など聞かなくても生産することはできますが、飯を食わない芸能人や人間はいません。

 

なかなか理解されない話ですが、産業の方や犠牲になる生物が居てこそエンタメは成立します。

 

芸術<生産業<生命 なのです。

 

そういった事実を全てのアーティストは理解しなけれなりません。

 

そして今、その農家になる人が減少傾向にあります。

 

そのうち、夢すら見られない世界になりますよ

声優になりたい人 必見 どこにも書いていない真実をお話します

 おはようございまーす

 

今回は声優や養成所について書きます

 

まず、前提として、どの芸能事務所・養成所でもそうですが

 

実力ではなく、信用商売です。

 

一昔前なら実力派(にやや偏った)パターンも存在していたのですが、とくに今だと、コンプライアンスやSNSの普及により不祥事で芸能事務所という会社経営が一夜にして終わるといったことが普通に有り得るので、かなり過敏になっています。

現在の養成所のタレント募集要項を見てみると分かりますが、大抵

 

”今の” ”ニーズ” ”人間性” ”社会人” ”マナー” ”礼儀”

 

などが必ず書かれています。 我が社は実力派だ! といった事務所は存在しません。

なぜかというと、理由は大きく2つです。

 

1.スポンサーがつかないから

 

例えば、ジャニーズや松本人志さんが最近だとわかりやすいですが、昭和の時代を牽引していた程の年数とブランド、コネがあるこのお二方ですら、ちょっとした事で地盤がぐらついてしまう時代です。

それを、どこの馬の骨かもわからない新人(からベテラン)のせいで事務所の命運が揺るがされるなんて、企業からしてみればたまったもんじゃないですよね

 

取り組んでいようといまいと、株式の世界ではSDGsアピをしていない企業は見向きもされません。

それと同じように、法律どうこうではなく世間に喧嘩を売らない、騒がせない人間であるかどうかが最重要なのです。

それを養成所の2,3年間で見極めます。

 

芝居というのは誰でもできますし、みなさんも一度は人生で行っています。

例えば、隠し事をする際、バレないように本当っぽく演技をします。

このことを ”一芝居うつ” といいます。

 

なので、芸術の世界は絵でもダンスでも、素養さえあれば年間n十万など払って講義(笑)など受けなくても実力があればすぐ所属できます。

(しかも、その講義をするのはだいたい、ろくすっぽ売れずに年数とギャランティだけが上がり事務所内で使えなくなってしまったお荷物を自社の養成所や専門学校で使うというなり損ない先生による講義)

しかし、それだけではいけません。

実力だけある人は確かに職人芸者です。 が、そういう人は皆さんも想像するに容易だと思いますが、非常に堅物で偏屈です(私もそう)

 

今の声優は職人芸ではなく、人気職(アイドル)なので、清純であれ、真面目であれ、誠実であれ 世間にとって都合の良い偶像 を求められます。

それをアピールできる信用を2、3年という中で勝ち取っていきます。

本当に実力というものがあるのなら、何年経とうが、養成所など経由しなくともそのまま直通できますが、そんな例はほぼありません。(おえらいさんとコネクションがあって直通する例も稀にありますが)

 

緒方恵美さんがベアボートという声優の中では数少ない事務所斡旋型(実際にどれくらい斡旋できたのか非公開ですが)の私塾というものを近年、開きましたが

わずか3年程度で閉じてしまいました。

やはり、あれぐらいキャリアのある方でも個人の力では限界があるのでしょう

それぐらい、業界のコネは強固なのです。

 

 

2.芸術の世界では”実力”は曖昧だから

 

実力って何でしょうか

 

例えば、歌の世界でいうと、日本の文化では紙(しょうじ)や木で創られた建築物が多く、高い声がよく聞こえます。

一方、イタリアでは石の家が多く、低音がよく響きます。

 

なので、日本で好かれる日本好みの味付けと、イタリア好みの味付けは全く逆です。

 

芝居の世界にも同じことが言えます。

 

実力というさじ加減は皆さんの中にあって、それぞれ全く別のものさし、価値観があります。

 

エレキギターとアコースティックギターはどちらが優れていると思いますか?

 

どちらも同じギターなのに別の楽器で、別の良さがありますよね。 それだけです。

 

数学のテスト界 というものがあったとします。

 

こちらは明確に点数差があります。 80点取った人は残り20点を 60だった人は40の勉強する伸びしろが、明確に数値化できます。

 

しかし、芸術はできません。 変に見えても見方を変えればその人の味 で終わりなのです。

 

 

これからなりたい という人は、是非 芸能界は 信用商売、コネクションのほうが重要であるという事実をもとにアピールしていくといいですよ

世界で売れるゲームを作るのに声優や高度なグラフィックは要らない

 おはようございます

 

皆さんは、世界で最も売れたゲームって何だと思いますか?

ドラゴンクエスト、ファイナルファンタジーでしょうか

 

残念ながら、日本でもハルマゲドンを巻き起こした両者でも世界から見るとあまり売れていません。

 

世界で最も売れたゲームは

 

1位、マインクラフト

 

2位、テトリス

 

3位、WIIスポーツ

 

 

データを見ても明らかな様に、3位内全てに綺麗なグラフィックもなければ、これといってハッキリとした声優もいません。

 

更に、マイクラとテトリス 実は、両者とも元は個人開発のゲームなのです。

 

世界で売れるゲームを作るのには、会社やグループである必要すらない ということが証明されているのです。

 

 

日本内で見ても、ボイスありのドラクエ11が360万本(PS4,3DS合計)の売上ですが、

 

ドラクエ9は440万本 ドラクエ7が406万 ドラクエ3が380万 ドラクエ8が370万

 

つまり、全体の中でもボイスありドラクエの11は5番目と ボイス無しを超えていないのです。

 

また、ドラクエ1-3と FFは社会現象を巻き起こしていますが、

 

リンダキューブ、スターオーシャン、テイルズオブファンタジア、デスティニー、エターニアなど、

当時もボイスのあるPS SFCのゲームはあったものの、どれも大々的にニュースにはなっていません。

 

現在では繊細なグラフィックだとか、フルボイスなどが謳い文句としてよく宣伝されていますが、

それはゲームの本質でしょうか。

 

本質的なゲームデザインから逃げるクリエイターには失望しますね

 

真実、ゲームの本質は古来から音楽理論と同じで完成されています。

 

SLGならファミコンウォーズ、落ち物ならテトリス

 

ですが、現在でも 個人開発者のトビーフォックス氏が制作したアンダーテールなどインディーズで

 

個人でも面白く、ユニークなゲームを作ることができます。

 

企業だからと圧倒されず、考えてみてはどうでしょうか

 

芸術と芸能は似ているようで別

 おはようございます。

 

芸術とは、自らの表現で自由に描き、発想し、表現するもの(”解放”)です。

 

しかし日本における芸能は、キャリア(芸歴)、コネクション、タレント性(本人の顔やスタイル、性格とか)でお金を稼ぐ(”独占”)商売です。

そして、何とかナンバーワンギタリストー とか、世界的歌手(日本の一部だけ)と

まるで正解かの様に言って、その他が秀でていないかのような謳い文句でセールスします。

よく、有名じゃないから、とか 金を稼げていないからアーティストとして劣っているという言い方をする残念な人が居ます。

では、例えですが 年収1000万のコブクロさんに対し、年収500万のサザンオールスターズさんの歌は500万円分 劣っているでしょうか?

そんな事はないですよね

 

原因の一つとしては金を稼ぐ(食い物にする)、マネタイズです

 

企業としてやっていく以上、配下を食わせないといけない、株主の顔色を損ねないようにしなければならない、等があります故

 

芸術という能力の証明ができない以上、肩書やタレント性で売り込むしかありません。

 

そうすると、限界が来ますので今度は他人を蹴落とすというのが選択肢に入ってきます。

 

 

これからは、個人の時代に戻りますので ゲーム制作エンジンも無料で手に入りますし、DAWソフトも無料で高機能なのがありますし、イラストソフトも無料でありますし、それを公開するプラットフォームもネットにあります。

そして、長年 絵を書いてきた人等が無料で動画を公開しています。

専門学校に行く必要も、養成所に入る必要もありません。

これからは貴方達の手で切り拓いて下さい。 もちろん、私もそうしています。(自戒も込めてw)

 

その上で、

 

私も一度、事務所に入っていますが、考えてみれば会社に帰属するというのは”甘え”でした。

要するに、自分で稼げないから会社に入社し利用させて下さい と言っているのです。

 

本当に稼ぐ力(芸術を ではなくお金を)のある人は個人でやっていきます。

 

◯◯で食っていく という言葉がありますが、

 

食う というのはそんなに重要な事でしょうか? そんなにお金が欲しければ、別に芸術でなくとも、週7日間バイトをすれば安定して暮らせますよね。

金は別のところから引っ張ってくればよい

 

自分にとってお金以外の重要なものを芸術に見出したからやるのではないでしょうか

そもそも、お金がほしいなら芸術じゃないほうが稼げますよね

 

お金にとらわれず、開放的に 自由な表現で臨んだほうが健全です。

 

芸術の前では平等です。 全て等しく否定され、肯定もされます。

 

皆さんは何を以て芸術の世界に飛び込みますか?

散々 芸術を食い物にしてきたAI反対派の皆さん、社会のガンな貴方たちへ

 おはようございます。

 

今回は散々、芸術を食い物にしてきたにも関わらず、AIに負けてしまうクソザコアイデンティティの皆さんについて解説したいと思います。

 

どういう事かというと、コチラの記事でも解説しましたが

deepfw.hatenablog.com

まず、”芸術”そのものでお金を稼げた事例は一握りです。

 

例えば、芸能事務所に所属し、役者を売る場合、広告する人、マネージャー、経理、社長、事務所の肩書など様々な役職の人が居て成立します。

 

役者本人が芝居だけで稼いでいる訳ではありません。

 

どんなにその人が実力(といっても、日本でウケたところで海外では全く通用しないなどあり得るので芸術の世界で実力という言葉は曖昧なのですが)

があっても、宣伝(セールス)の仕方によっては誰も興味を持ってはくれません。

 

youtubeというプラットフォームでも、胸や肌を露出し本人の性的魅力をアピールしつつ、ピアノを弾く動画があります。

 

この場合も、本人の演奏のみ で稼いでいるとはいえません

 

お金を稼ぐ という事は綺麗事ではなく、狡猾な手を打つ必要も出てくるので否定をしている訳ではないですが

 

先述の通り、芸術の世界では能力の証明が不可能なので、コネクションや本人のタレント性(誠実、真面目とか日本好みの)、キャリア(芸歴)を誇示する事でしか表明ができません。

芸能でお金を稼ぐとなると業態が不純になりがちです。

 

「セクシー田中さん」原作者・芦原妃名子さん もそうですね。

 

 

一方で、所ジョージさんの様に youtubeでフォークソングの動画を出していたが、youtubeが無広告動画にも広告をつける、と発表した後にお金がついて回るならやらない

といった 敢えて芸術を食い物にしない方がいます。

また、所さんは動画内で 他人の曲なんか引かなくていい ギターの練習なんて自分で好きなように弾いちゃえばいい とも言っています。

芸術の本質ですね。

芸術と芸能は似ているようで別の方向を向いています。

 

本題です。

そんなに金が欲しければ週7でバイトをすればよいのに、金に目がくらみ芸術を散々食い物にしてきた人たちが今、機械の発展によってその稼ぎ場が脅かされ、反対運動を起こす頭の悪い人たちがいます。

 

昔、洗濯物は洗濯板を持って川へ行き洗濯していました。

木を擦って火を起こし、肉を焼いていました。

 

現在は洗濯機があり、電子レンジがあります。

 

世の中”全体”がより良く便利な方向へ進み社会の発展に繋がることは明らかなのに、

 

機械音声やAI絵を否定してしまう人が居ます。

 

洗濯屋さんが可哀想だから洗濯機を使わないのでしょうか?

 

感情に左右される人間よりも機械音声のほうが、地震の際、安定して音声を届けられます。

 

皆さんは社会の発展を停滞させる残念な人でしょうか、それとも調和できる人でしょうか。

 

芸能界とかいう詐欺商売について

 日本には本質的には詐欺と変わらないけれども、法律上には抵触しないものがあります。

 

その一つが、芸能とよばれるものです。

 

事例はいくつもありますが、例を挙げると、広末涼子さんがタイムリーで分かりやすいですね

 

皆さんは普段、世間をどの様に見られているでしょうか。 特に何も考えていない、楽観的に見ている人や、専門的に見ている人、お金の流れを見ている人など沢山ありますね。

 

”芸能事務所”といっても、”株式会社”です。商品を販売し、利益を発生させ、株主総会を開き、筆頭株主たちを満足させなければなりません。

 

日本の多くの人が見落としがち(アメリカでは小さい頃から安く購入したチョコを利益を上乗せして身内に販売するといった教育がされていたりします)なのですが、

音楽、芝居、絵そのもので食べている訳ではありません。

 

経理の人が居て、宣伝をし、マネージャーが居て、社長が居て、事務所の名前というブランドがある

 

つまり、芸能事務所で言うところの商品はタレント、”広末涼子”なのです。

 

広末涼子さんという商品を”清純”とアピールしてプロモーションしたにも関わらず不倫が報道されてしまい、実は”不純”だった

 

清純という商品が実は不純だったのだから、これは本質的には詐欺と一切変わりありません。

(※不倫は民法ですから犯罪ではないですし、刑法であっても当事者間の問題であり9割の人は関係ないので個人的には、広末さん本人を責めているつもりはありません)

 

 

最近の若い人は田舎民でも訛らないという語解

 最近の若い人は田舎民でも訛らない、共通語を話す と言う人をよく見かけます。

 

昔と比較すると、確かに方言を使う人は少なくなりました。

 

ですが、イントネーションに関して言えば全くそうでありません。

 

例えば、”なまら” ”◯◯しんと” ”◯◯ずら” 等、土地特有の言葉を使うことは減っても、発音には訛があります。

 

逆説的に、関東人が関西弁を使うと、”バカにしているのか”、”エセだ” などと批判されます。

ですが残念ながら、それは東京以外の人が共通語を喋った時にも同じことが言えます。

 

私がよく耳にするのは多くの場合、そういう人は ”でも、(私って)全然訛ってないでしょ?” と自負しています。(いくつか挙げるとその人達は福島県民と三重県民でした。)

いや、訛っています。

その土地では訛っていない方だとは思いますが。

 

 

文法による訛は除くことが出来ても、生まれ育った土地で聴いてきたイントネーションによる訛までは除くことが難しいんですね。

聴くだけで簡単に真似する事ができるのなら、エセ共通語、エセ関西弁など生まれないですし、それならば、TV全盛期の時代に方言はほぼ絶滅することになります。

 

ですが、案ずる事はありません。

 

そもそも、方言はその土地の文化であり個性です。除く必要もないし、恥ずかしがる必要もありません。

また、現役のアナウンサーやナレーターですら育った土地の訛はちょいちょい出てしまうものです。

それを、普段から気をつけていない人が簡単に訛を除くというのは不可能なのです。

 

なので、ガンガン訛っていきましょう。

NO.1よりオンリーワン

 日本では頑張ったら報われるという迷信が多く蔓っています。

 

ですが、環境によって盤上をどうやってもひっくり返せない、という状況のほうが人生は多いです。

 

例えば、格闘技の世界でも40代の現役を引退したメイウェザーに日本人の朝倉未来さんや那須川天心さんは勝利する事が出来ませんでした。

(私はどちらの方も応援しているのですが。特に、那須川天心は165cmという身長で多くのファイターを倒してきています。)

生まれながらに華奢で肉や脂肪がつきづらい民族よりも、フランク族の方が圧倒的に筋肉量も、身長も高い訳です。

もちろん、技や体格差を利用した攻防はありますが。

 

グローバルな視野でみると平均身長より高いとか低いとか数cmであれこれ争っている日本人よりも数十cm高い人たちがいる訳です。

モデルとしてもその方が適しています。

 

走りの世界でも、遺伝子的にケニア人と日本人を比較すると、ケニア人のほうが圧倒的に速く、実際に優勝者を見てみるとケニア出身が多いです。

 

歴史上の戦争でも、ジャレド・ダイアモンドによる 銃・病原菌・鉄 という本があるのですが、要約すると なぜ勝利できるのかというと、恵まれた場所(そういうのに適した環境)だったから。 と語られています。

 

競争そのものは良い事ですが、不純な競争をするより、自分軸を持ったほうが良いと思います。

自己顕示欲を満たすための道具として芸術を使うのは、犬猫好きを称して檻の中に入れるのと同じ(室内飼いではない)

 (室内飼いのことではありませんw)

アーティストを目指す と言うと、有名になること がセットとして捉えられていますが、

これは誤りです。

 

芸の道を進む人(といってもそこまで本質的に考えてない人が殆どですが)は、細分化すべきです。

 

1.有名になりたいパターン

 

芸術でなくとも、有名になる方法は幾らでもあります。

 

 

2.金がほしい

 

金が欲しいのであれば、一般的な仕事をしたほうが確実です。

 

 

例えば、有名な歌手になりたい 思ってる人は、”有名”が優先度を高くしています。

 

芝居で飯を食いたい という人は、芝居と同じくらい飯を食うことを重要視しています。

 

有名になりたい のであれば、歌唱力よりも、プロモーション(広告) 宣伝をしていくスキルの方が重要です。

 

芝居で金を稼ぎたいのなら、何の練習をしなくとも嘘(演出)が上手な人もいる中で、どの様に稼いでいくか という、金を得る(マネタイズ)ビジネススキルの方が重要です。

 

芝居や歌唱力が人より上手であれば、自ずと人は集まる などという甘い世界ではありません。

色々な理由がありますが、第一は いくら当人が練習しようと結局は見た人や時代に合っていたかによって評価基準がコロコロ変わるからです。

 

詩人のエドガー・アラン・ポー(江戸川乱歩ではありませんw)も芸術のための芸術にて近いことを云っています。

 

ja.wikipedia.org

 

我々は詩をただ詩のためだけに書こうと決意するようになった(中略)そうしたことが我々の意図であると認めるならば、我々は真に詩的な威厳や力に根本的に欠けていると告白せねばならぬだろう。しかしながら純然たる事実としては、我々がただ我々自身の魂の中を覗き込むに委せるなら、まさにこの詩、この詩それ自身、詩でありそれ以外の何物でもないところのこの詩、「ただ詩のためだけに書かれた詩」よりも威厳のあり高貴な作品などはこの世界には存在せず存在し得ることもないことを我々は直ちに発見するであろう。

 

 

ここまでを要約すると、芸術が好きだからこそ金や名声を得るための手段として使わず、本当の芸とは何なのかを追究している者に勝るものは無い

という事です。

 

お金目当ては功利主義ですし、名声目当てなら承認欲求を満たそうとしています。

 

しかし、多くの人は”プロ”という肩書を求め、どうだ 私はどこかに所属して金を稼いでいるんだという権力欲に囚われています。

 

純粋に上手くなりたいのであれば、メジャーになった なってない で争いません。

これは評価する客側も同じです。メジャーじゃないからダメだ という人は今の時代でも一定数います。

 

考えてみると分かるのですが、”飯を食う”と言っても いくらの事を指しているのでしょうか

質素な人や倹約上手であれば、月10万もあれば生活できてしまいます。

 

お金を稼いでいれば一人前 というのも、今の時代では

例えば、明日からギターを持って配信すれば1円はすぐに稼げますし、

ある程度フォロワーの居る人なら既に名声を得た状態でスタートするので、すぐに有名●●になることができます。

 

アーティスト(芸術家)と言っても、有名ではないが、伝統ある昔のやり方、昔の画法でひっそりと店を構えている人もいますし、

前衛的すぎて時代が追いついていないが、マニアからは愛されているケースもあります。

 

逆に、”プロ”となってしまったが為にフリーの営業がしづらく仕事がない

なんて人も大勢いるので、肩書に拘らない方が視野を広く生きられますよ

 

 

音を良くするために高い楽器を買えという論調は限界がある

 楽器は10万-20万のを最初に購入した方が良い なぜなら高いと良いから

という話をよく耳にします。


プロ()は音を良くしなければならないから20万程度を買う! というのも聞きますが、

音や性能を良くしたいのなら、100万、1000万出すべきです。


例えば、100万単位のギターがあったとします。

そこで、性能を良くしたい人が20万の楽器を買います。

高いものが絶対的に良いのであれば、20万といわず最高級の値段を払わなければ理論上は80万円分、音が劣ってしまうことになりますよね


この様に、楽器には際限がありません。

私がいつもブログで言っている様に、ブランドや値段ではなく好きなギターでプレイすべきだ という事です。


まず、仮にどれだけ音を追求したところで そもそも現代の若い人はサビや冒頭の10秒程度(ストーリー)しか聞きません。


◆イントロは飛ばしてサビだけ聴く 若者の間でイントロはおろか、Aメロ、Bメロも飛ばしてサビだけを楽しむ者が増えていることをご存じだろうか。 米オハイオ州立大学の大学院生であるユベール・レヴェイエ・ゴヴァンが、1986年から2015年までのビルボードチャートのトップ10に入った曲について、年代ごとの曲の構成や要素、タイトルなどの変化を分析したところ、1980年代はイントロが平均で約20秒だったのが、現在は約5秒にまで短くなっていることがわかった。 この背景にはサブスクの急速な普及があるといわれている。 音楽メタデータ会社「EchoNest」のデータサイエンティストであるポール・ラメールは、2014年に自身のブログで世界中の数百万Spotifyユーザーの数十億再生を分析し、スキップ率のみを抽出したデータを公開している*1。 ストリーミングでは一般的に30秒以上再生されないと「1再生」としてカウントされず、収益にならないといわれているが、ラメールによれば視聴者が曲を冒頭から聴いた場合、5秒以内で24.14%、10秒以内で28.97%、30秒以内で35.05%、曲をスキップしていた。 一般的なSpotifyユーザーが1時間で曲をスキップする平均回数は「14.65回」であり、4分に1回スキップする計算となる。 また、スキップ率を見ると10~20代が最も高く58%である一方、30代半ばになるにつれて減少していくが、40代後半から50代前半になると再び上昇する。 この理由についてラメールは、スキップ率はその人の自由時間の長さを表しており、10代の若者はストリーミング中の音楽選択に割ける時間が多いのでスキップ率が高いが、年齢が上昇するにつれて子育てや仕事のなかでストリーミングを利用しているユーザーが多く、音楽プレーヤーに気を配る暇がないと分析している。 あわせてSpotifyのアナリストであるクリス・タイナンは、40代後半のスキップ率が再上昇する背景に、子どもたちが親のアカウントを利用しているため、親が好んで聴いている曲をスキップしている可能性があるとも分析した。 *1 The Skip | Music Machinery https://musicmachinery.com/2014/05/02/the-skip/

https://news.yahoo.co.jp/articles/a836f625ab526f874da4e740305c53b4557a0460

引用


それと、値段が上がることで仕上がりも良くなるので 音というより弾きやすさが良くなった様に感じるというのがあります。

否定はしませんが、逆に言えばお膳立てされている ということです。

そもそも、高い楽器を使って良い音が鳴らなかったら単なる詐欺です。


なので玄人志向こそ安物でプレイしてみる というのはアリなんじゃないでしょうか


2024年3月4日月曜日

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https://redo5151.hatenablog.com/entry/2019/10/03/privacy

こちらより参考にさせてもらいました

 

がおうぱっぱ は意外と悪いことしていないという事を解りやすく法律も交えて弁証してみる

 この件について深く知っているワケでも調べたワケでも無いんですが、そこが逆にメリットなのかなと思い書くことにしました こういうのって、真相は当人しか知らないし、ましてやコレコレみたいな陰湿な負が集まる場所で暴露すると変な尾鰭がつきますね(だからこそ裁判という正式な場があるんですが...