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今日から使えるインチキ日記♥ー世の中はインチキで出来ているー
2024年4月19日金曜日
Vチューバーの事を英語ではvoice actor(声優) と言う
個人・私人問わず海外からはVtuberの事をvoice actor(声優) と言われています。
前回の記事
https://www.blogger.com/u/1/blog/post/edit/3789005980407243801/4436575899978786100?hl=ja
で、海外の俳優事情について大まかに解説しましたが、
海外では日本よりも多くのフリー役者が居ますので、日本の声優とは大きくニュアンスが異なります。(本来の定義上は日本でも個人活動している人を声優と呼ぶんですが)
余談ですが、一括りに役者と言っても様々です。
舞台俳優、TVの俳優、2.5次元俳優、ミュージカル、オペラ、戯曲系、お笑い芸人の喜劇、能、歌舞伎、アニメ系声優、外画系声優、歌って踊るアイドル系声優、モーションアクター、特撮系、文化系(日光江戸村とか)、着ぐるみ俳優、アトラクションキャスト(ディズニーやUSJ)、コンセプトカフェの店員(決まった配役で演じているという点で)、VRキャスト、ボードゲームショップ(TRPG) 等
日本だけでもこれだけ多くの俳優の形があります。
日本でvoice actorというと何だか、芸能事務所に入っているキャストを指すような印象がありますが、(無いなら正常です)
事の正誤はどうあれ、アメリカだと一つのCMに出ただけで俺はタレントだ!という人も多い訳です。
これからは肩書に拘らず、ふわっとした意味で捉えていくとストレスが無いと思いますよ。
日本とは違い海外の俳優はフリーが基本
Comment ça va? tout le monde.
皆さんは芸術やその他で創作活動をしていますか?
残念ながら日本でアマチュア活動をしている人はプロより素晴らしい作品を作っていても自信が無い人も多いように見えます。(凄く繊細な絵を描いているのに企業に所属していないからイラストレーターを名乗りづらい とか)
ところが、海外 特にアメリカだと映画の歴史が深いだけあって、日本よりもキャストに支払うインセンティブだとか、日本の様に一部の事務所が市場独占をする訳でもなく、多くの役者が役者として活きられる様な体制が整っていて、遥かに先を行っています。
例えば、日本だと事務所にしか入らない仕事が多く、一般公募オーディションがあっても出来レースであったりとどこかに所属している中での矮小な競争社会になっており非常に残念な事になっておりますが、
海外だと真逆で、アメリカなら人口も日本の3倍多いのでその分、多種多様なジャンルのコンテンツクリエイターと成果物と役者がいます。
ヨーロッパであれば芸術運動が盛んに行われ、今でも国が芸術家志望に対する助成金を支払うなど、日本ではあり得ない公的支援もあったり、
ギリシャや近郊の国では西洋劇の発祥地(此方でいうところの、能や歌舞伎)ですからより造詣深い芸術で溢れています。
(アメリカでも事務所やフィルム会社はありますが、日本の芸能事務所とは大きくニュアンスが異なるという事です)
故に、海外では日本で言う所のよりライトな就職活動をする様な感覚で俳優・声優を目指す事ができるんですね
また、個人・私人問わず海外からはVtuberの事をvoice actor(声優) と言われています。
今回は、以上のグローバルな観点から
この記事を読んでもらった皆さんには今の自分が、全くお金を稼ぐ気のないアマチュアだったとしても、
どこかに所属しているプロなのに全く仕事がないという人も、
売れはしたものの自分の低い技術に納得できない人も、
広い視野を以て日本とは違う文化圏の方法論を学び、
多様なアーティストの形がある という事を理解して悩むことなく心を軽くして貰いたいんです。
大まかな風潮を言うと、
素晴らしい技能を持っていてもアマチュアだと、肩書がないと絶対認めない人も居ますし、
でも仮にプロでどこかに所属していても殆ど仕事が入ってこない なんて事もザラです。
日本でも若干、先述のグローバルな流れが来ていて、
無所属のフリークリエイターがプロの音楽ヒットチャートを抜いて1位にランクインする なんてことも数年前からありますし、
個人で作ったボカロ曲がカラオケに採用された という話も多くなっています。
これからは芸術も力差社会になっていきますので、フリーで活動する方が先見の明があると言えるんではないでしょうか。
2024年4月9日火曜日
プロは工場勤務のパン屋、アマは個人経営のパン屋と置き換えると分かりやすい
プロ=工場勤務のパン屋
アマ=個人経営のパン屋
プロのパン屋(芸術作品)は発注元のオーダーに合わせて作るが、発注数・コンプライアンス・発注元の意見・ルール上のコスト等の制約が多いが、
アマとは違い、明確なパトロン(コネ)が居て安定して見える定期収入がほぼ確約している事と、企業である事の強みである大量生産が可能。
逆にアマは、制約がなくプロならば会社用の倫理審査機関を通す事を考えたり、コストや決められた日数内で作る(創造性を犠牲に利益を優先する)事を日夜考えているので合わせたり削る事を優先しがちになる。
対し、自由に創れるのでよりワールドワイドに受けやすく何でも出来るが、量販等をする際はコネや資金力、会社(事業主)としての信用性が弱い。
歴史的に見ても、エリザベス王朝時代でパトロンがついていない芸術家は排除されるという暴挙もあったが、
パトロン(コネが強くなる)がつく、ついていないで判断すると次第に大衆から離れ(クリエイター、演者が少なくなると市場が縮小され、大衆より金持ち貴族向けになる、クラシック化)
その後、大衆が私物化された芸術を解放する形の運動が起きる
ざっくり言うとこの流れが繰り返されており、現代においても同じ事が言える。
(尚、この時は女が舞台に上がる事がタブーとされていたので女優はいない。この時点で既にパトロンがつくことで質が上がった等と某WIKIで記載されているが、根拠も書かれていない現代の一個人が勝手に当時を決めつけた私見上の質でしかない)
月次だが、TV業界がまるで芸術は自分たちが生み出したかのように市場を独占し、インターネットが出てきて、次の媒体が台頭するという流れになると思われる
※当人とはニュアンスが異なるだろうが、つんくさんのプロアマじゃんけんではプロがアマに負けるという記事を見て興味深かった為、記事にしました。
分かりづらいかもしれませんが、プロではない事にも利点があるという意味になります。
以下に私が参考にさせて頂いたnoteをリンクフリーかわからんので、伏せてURL置いときます。
ttps://note.tsunku.net/n/nc9559c0f5938
2024年4月8日月曜日
悪いことは言わない此方へは来るな 今日という今日は言わせてもらうぞ
って話
今回は理論めいた話というより、どちらかというと本来あるべき雑記なのですが。
例えば私は、名のしれた芸能事務所(主に声優と呼ばれるマネージメントが多い方向の)に籍を置いていました。
まず、多くの場合、基礎科と呼ばれる養成所の最初のクラスから飛び級して研究科という最終クラスに行ったのですが。
事務所に在籍してから様々なワークショップに参加して”技術(芝居力)”だけを追い求めてきました。
当時から個人的な感想として思うのは、養成所のレベルはぶっちゃけ低いです。
私が普段から参加させて貰ってるWSや、海外の演技作法を参考にしたり自分が最も過酷だと感じた毎日行っているトレーニング法の方がキツイと思うくらい低かったです。(ココに入る前に体験入所や見学も多くして吟味したうえでの話。)
興味のない人にとっては、声優や俳優のアクターズスタジオ、専門学校に入って何かをしていると聞かされれば なにか凄い事をしている! と思うのも無理もありませんが、
してません。 ハイ
1割(という私の知らない可能性)はしているのかもしれませんが、
どこもかしこも 演劇のルーツであるとある国の体系を学んでいる だとか、音声学的あるいは耳鼻咽喉に関する医学知識、言語学的知見があったりする人が(厳格に知っている必要もありませんが)教えているのかと言えば全くそうではありません。
よく、声優の多くが突発性難聴や、ポリープ、声帯手術などを行うことがあります。
これは、耳鼻咽喉学的に無理のある発声法をしているからなのです。(元々、体質的に弱かった例もあるでしょうが)
勿論、演技なので必要ではありますが医学的知見を正しく習得していれば最悪の事態を避ける事も可能だった筈です。
そして、知ってもらいたいのが、
多くの養成所生、志願者、事務所の経営者、現役の役者の多く(主に声優、アニメ方面)は全面的に”オタク”です。(昔はそもそも、声優は売れない俳優の雑仕事だったので異なりますが。)
勘違いしてほしくないのは、”オタク”といっても厳格的な”芝居オタク”(戯曲とか)ではなく、現代的な”アニメ”オタクです。
悪いことだ、とまでは言いませんが、何が言いたいかというと 正しく舞台の歴史を学び、芸術的な芝居そのものに知見のある者ではない という事です。
(※もちろん、芝居とは一般人も多くの人が毎日、意識的に行っていることであり特別なことですらありませんが)
日本のジャパニメーションサブカルチャーとでもいいましょうか、その歴史に魅入られた人 が殆どであるということです。
だから例えば、声優志望者の多くに”身体では演じるのが恥ずかしいが、声なら行けると思った” ”◯◯に会いたかった”などが挙げられますが、
動機としては不純ですがそれでも売れたりしていますし、これは事務所にマネージメント側として入ってくる人もこういった動機の人は多いです。
故に、”オタクではない”人は馴染めません。
例えば、わかりやすく言うとアニメに興味ない陽キャタイプの人とその逆の人です。
混ぜるな危険の代表格だとは考えられませんか?
私の場合は、陽キャという程ではありませんがアニメは対して興味ありませんでした。
なので、これから目指す人はサブカルオタクであった方がウケが非常によろしいです。
ここからは私の感想なのですが、個人的に目指している段階から現代の人気職である声優と過去の職人芸であった頃の声優とでズレている事を黙認していました。
それでも、現代でも希望はあるのではないかと思って直向に躍進し続けていたのですが、
私の場合は、所属後にやはりアイドルとしての側面が強くなってしまったのだな と確信に変わってしまった次第です。
仮に私が続けていても、籍を置いているだけのタレントにはなれていたでしょうが、
それで満足する器ならば、役者として誰かに認めてもらいたいが為の小さな器量だったのか?
でも、事務所と契約している以上フリーとしての活躍は制約があるからどこかで踏み出さないといけません。
となってくると、判断は早いほうが良いわけです。
現役の役者でさえ、その厳格な芸術史や発声学に知見がある人はほんの一握りです。(資格化していいものでもないので、ケースバイケースですが。)
例えば声優のラジオや個人のブログ等で、こういった芸術史について話されている方を知っていますか?私は知りません。
つまり、厳格な芸術史や音声学について知らなくても成立するのが日本芸能であり、そういった功利主義的な価値観ではなく力だけを求める技工派の人はお呼びでないのです。
前にも記載したかもしれませんが、これは会社員と酷似しています。
本当に技術ある人よりも上司や世間に正論を言ってケンカを売らない隷属を必要とするのと同じです。
私も騙されたのですが、それでも日本芸能関係はあたかも自分たちが正しく芸というそのものを作り出したかというような顔をし、
現代のニーズがどうとか、芝居力がどうとか 嘯きます。
そんなビジネスに騙されないで欲しいということです。
ぶっちゃけ、ボカロPとして曲を出したほうがそのへんの所属アーティストより一人でやっている分マージンはありませんから収入も多いです。
個人の時代に戻ったのだから、もっと広い視野で、プロなどという肩書に惑わされないで下さい。
2024年4月5日金曜日
有名とは具体性がなく曖昧でどうでもいい概念
どの世界でもそうかもしれませんが、芸術の世界でも”有名”を目指す人が居ます。
もちろん、目指すこと自体は自由ですが、有名の有効範囲とはどこまででしょう?
考えてみれば、誰も定義化できない言葉なんです。
まず第一に、例えば”日本で有名”と言っても、地方まで響いているのか? とても怪しい。
いくら情報化が進んだとは言え、田舎のご老人や若い人でも地方と都内では差異があります。
”日本で有名”の要件を正しく満たすには、日本人口全員が知らないといけないんです。
”世界的◯◯”という言葉もありますが、USAで知られているとしても、ギリシャやアフリカまで知られているのでしょうか。
知られてないならその時点で世界という言葉の定義を満たせず、嘘になってしまいます。
また、仮にその国で確実に有名というあり得ない状況が存在したとしても、
個人(その人)が知らなければ無価値と同然です。(有名であるはずなのに耳に入らなかったので)
代表的なのは、TVで有名なインスタグラマーがー。インフルエンサーが といいますが、
YouTubeやインスタを見ない世代の人にとっては知らない事が多いので、その時点で”有名”なのか?疑問です。
これは、テレビの芸能人も同じです。TVでキャリアを積んできた人でも、TVを見ない層にとってはあまり価値がありません。
有名とは、とても都合よく聞こえのいい言葉ですが、そんなに重要な事なのでしょうか?
ぶっちゃけた話、そこら辺の中堅芸能人やユーチューバより、syamuさんやへずまりゅうさん、ガーシーさんの方が有名ですよね。
ですが、彼らはあまり良いとは認識されていません。(私は面白いというか、個性があると思うのですが)
この方たちに限らず、炎上させるにも才能が必要なんです。
例えば、このブログがわかり易い。
不定期的にトゲトゲした現実をカキカキして、炎上する様な事を書いていますが、一向にしません。
そして、炎上させることでインプレッションを手っ取り早く稼ぐ方法は、方法論として非常に有効。
脱線しますが、正しくセールスする方法なんてなく、その悪質性がわかりやすかったか?だと思います。
営業職の人は気分を害すかもしれませんが、営業とは基本的に(※当社比)など捏造したデータを元に情弱に対して都合のよいことを言って自社製品を売りつける商売です。
本質的には何ら変わりありません。
芸術の世界でも、汎ゆるパターンがあります。
自分の似顔絵をグッズ化して商店を開いている人、音楽教室を開業する人、モーションアクター等、前には出ないタイプも存在します。
承認される事に重きを置くのをやめてみると人生が楽になるのではないでしょうか。
2024年4月2日火曜日
令和の時代にもなって”プロ”を目指さなければならないのか?
ライトノベル累計発行部数
【1位】転生したらスライムだった件:4000万部
【2位】薬屋のひとりごと:3300万部
【3位】とある魔術の禁書目録:3100万部
【4位】ソードアート・オンライン:3000万部
この内、とある以外は出版社を通さず個人で書いていたものになります。(とあるも構想は肩書上のプロになる前からあったかもしれませんが)
1位と2位は小説家になろうサイトに無料で上げられた物ですし、4位も個人のブログに記載していたものが主な起点になっています。
描いている内容は同じでも、有名な会社を通すかどうかで彼はプロだとかアマだとか分けられてしまうのは発想が貧相極まりないですよね。
また、教職関係の人も授業で取り扱った内容をそのまま公開動画にしたりしています。
内容は同じでも、教務として学内で扱えばプロで、動画にするとアマになります。
ソフトウェアも同様です。
LinuxOSも無料でwindowsやMAC以上の機能を有し、
Libreもエクセル・ワードと同等以上で、Blender(モデリングソフト)やCakeWalk(SONAR、無料DAWソフト楽曲制作の)も同様です。
募金箱はあるものの、無料で有料より優れたソフトを使えますが、インディーであった場合はこれは本職ではなくインディーだ!と言われてしまいます。
これは、役者業にも、音楽にも言えることです。
食い物にする事を悪いことだとはいいませんが、自分を食わす為の道具として使うのか、エドガー・アラン・ポーの様に本質的な芸術の為の芸術として磨くのかとでは大差があるという事です。
あまり功利主義にならず、本当にプロになる必要があるのか見つめ直してみるとよいと思います。
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