前回話した事と少し重複しますが、
人生で、能力に割り振れるステータスの値を100とします。
このブログは芸術に関係する事を取り上げていますので、能力は踊り、芝居、画、歌 等とします。
踊り100、芝居100、絵100、歌100、容姿100の専門性が極めて高い事務所が其々あったとします。
もう一つ、
踊り20、芝居20、絵20、歌20、容姿20の所属キャストが(声優、俳優、アイドル、レコード)事務所に其々居たとします。
この場合、前者はパイの奪い合いが起きません。
何故かと言うと、とても専門性が高い人で構成されているし、世間もそういうものであると認識するので、
歌手が俳優業に下手の横好きで手を出した所で成立しないだろう、そういう職人芸である と皆が思います。
しかし、後者の場合は
多くの”一”芸を持っていて、色々できるスターの様に見えるが、あれこれと手を出して本質性が薄れているので、本業は疎かになりますし、世間も歌手がちょっと芝居に手を出しても成立するんだと認識します。
(ビジネス的には下手でも勿論、成立します。技術的には成立しません。)
能とか歌舞伎がそうです。(能も初めは大衆芸能でしたが)
専門性が高く、技能というより厳格な文化知識を有し、伝統ある文化なので出来ない事もないですが、下手に手を出しづらい現代で残る唯一本当に芸能といえるモノになっています。
何でも出来る、全てが100の人だっているかもしれないじゃないか!というしょうもない意見があると思いますが、
残念ながら、1日の時間は24時間と限られています。
訓練という点で行くと、
野球を10時間続けた人と、テニス30分・水泳30分・バスケ30分と続けた人、どちらが野球に最適化された体格や技能になりますか?
仕事という点でも、
声優や俳優を名乗りつつ、でも歌番組の出演が多いのなら その人の事を誰も声優・俳優だとは認識しません。
(逆に言えば、技術がなくても世間に●●と認知させる扇動が出来れば●●と認識される、って事)
極端に100%一つのことに注ぎ込め、とまでは言いませんが、
器用貧乏な無能がたくさんいる状態と、極めて専門性の高い有能な人が多くいる状態、
社会的にどちらが得かは
詳しい説明などなくても、分かりますよね😊
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