2025年3月29日土曜日

良い声は環境と機材によって作られる! 1万と20万のヘッドフォンに差は感じられない理由

 良い声は人間側が訓練によって作り出している、そう思っていませんか?


実はこれ、9割間違いなんです。


もちろん、役者や歌手側が訓練して得られる効果もあるでしょうが、そもそも”良い”声とはなんなのでしょう?

周波数もありますが、結局は”感覚” つまり好みなんですね。


なぜそうなるのかについて紐解いていきましょう!


”声”とは、”音”です。


音とは空気の波状振動です。それを耳で聞き取ります。


しかし、人間の耳は残念ながら”良い”音を聞き取るために最適化された器官ではありません。


視覚、目は虹彩、角膜、水晶体、網膜、瞳孔などの様に非常に繊細な器官が密集していますが、耳はそれよりも大雑把に外耳道、鼓膜、耳小骨、蝸牛、耳管となっています。(半規管は平衡感覚を司るので本件とはあまり関係がない)

外耳道は雑菌の侵入を防ぐための耳毛と、共鳴作用を生じ特定の周波数2-5000hzを増幅させます

鼓膜は耳小骨に振動を伝えるための膜です。

耳小骨は周波を更に増幅させツチ骨などの更に小さい器官へ伝達します。

耳管は気圧差に対する防御(対応)です。


1. 外耳(耳介・外耳道)での共鳴増強

  • 耳介と外耳道が共鳴箱(レゾネーター)として機能

  • 約 2,000Hz - 5,000Hz の音を自然に強調(+10~15dB)

  • 言葉の明瞭度を高める(特に子音)

2. 中耳(鼓膜・耳小骨)での機械的増幅

  • 鼓膜 → 耳小骨(ツチ骨 → キヌタ骨 → アブミ骨)を通じて振動を伝達

  • 小さな音でも内耳に効率よく伝えるために、30倍以上の増幅を行う

  • 振動エネルギーを効率的に増やし、聞こえを向上させる

3. 内耳(蝸牛・基底膜)での周波数分解

  • 蝸牛内の基底膜が、周波数ごとに異なる場所で振動

  • 2,000Hz - 5,000Hz の帯域に特に敏感(言語の重要な成分を検出)

  • 聴覚神経が信号を増幅して脳に送る

  • 音をクリアに認識し、言葉を理解しやすくする



つまり、雑に言うと視覚と比べると聴覚は音を増幅させ効率よく脳に伝える(特定の言語音を聞き取りやすくする)、音量や気圧差、雑菌からの防衛の

為に進化の過程で最適化された言語専門情報伝達器官と言え、視覚ほど繊細ではなく、”音楽”や”心地よい音”を聴く為に作られているワケではありません。

よく高い楽器と安い楽器の音をプロの奏者が判別できないのはその為です。(弾く場合は触覚と視覚による弾きやすさも介入するので弾いたらわかるかもしれません)


声帯も同じで、非常にデリケートな器官で筋トレの様に鍛えたり、腹筋をすれば良い声になるものでもありません。


また、生身で聞いた音は能が勝手にピッチ補正をかけ、多少音程がズレていても勝手に合わせます。(録音すると効かなくなる。ので、MIX側でピッチ補正する。けど、音程が的確すぎると逆に変に聞こえる現象もある)


人間側で出来る範囲は非常に狭く、凄まじく曖昧なのです。


では、そんなやや大雑把な器官と”良い”声という曖昧な感覚の中で、なぜ良いと思える音が存在するのかの答えが ”環境”と”機材”になります。


耳はともかく、音そのものは非常にデリケートな存在で、”場所”の影響を強く受けます。


例えば、スピーカーを角に置くと低音が強調されたり、温度差によって上昇したり下降したりします。


デッドとライブ という音響用語があります。


デッドな音場特性とは、声優レコーディング等で使われる特性で、外部からの音の侵入を遮断し、内部で反響した音を吸音します。

そうすると、ノイズが無くクリアで、音声が強調されます。


ライブとは、デッドの対義語で、ライブパフォーマンスをするために音は殺さず、そのまま伝達しやすく適正方向に拡散させ客に臨場感を届けます。


そして、この音場特性というお膳立てをされた空間と更に芝居向け、歌向けに最適化された機材とMIXソフトがあります。

つまり、人間の発声(音)は始端にすぎず、聴衆は声優さんだから良い声を出せるんだ!と思いがちですが、聴衆の耳に入るまでに工事した人、機材を作った人、ソフトを作った人、ソフトを使ってマスタリングする人、環境を用意する人など何人ものスタッフの手がかかっているという事です。

Vチューバーやミュージシャンも同じです。クラシック演奏家ですら現在では最適化されたコンサートホール、マイク、スピーカーがありますから同じです。


そう聞くと、個人では不可能なんじゃないか!?と思うでしょう まずスタジオを用意して10万以上の高い機材を買って・・・


そんなことはありません! これも説明します。


まず機材について


ある巷では100万クラスのASMRマイクを見せつけたり、レコーディングスタジオのマイクは最低でも10万以上かかっていると豪語していますが、

ブランド物のカバンや洋服と同じ様に、高い=良いではありません。

声優が使うマイクも、複数人が長く使う耐久度やスタジオには多くの専用機材がありますから、それと接続するための規格合わせ料(特許、ライセンスとか)もコミコミの値段でああなっています。

要は、個人が一人で家で使い、PCとしか接続しないならそういった耐久度や規格料は入りませんから、余計なものをいれずに性能だけに注力できます。

なので、そんなに高いマイクを買う必要もありません!

それよりも、これまで話した通り”場所”の方が重要です。


マスタリング(MIX)についても、現在は無料で高性能なDAWソフトもありますし、何を隠そうレコーディングスタジオにあるアンプ等の機材がソフト化されたものが詰まっていますので、家で高品質な作品を作る事は可能となっています。

(MOOG3Cという有名な タンスがイメージしやすいですが、色々なハードシンセたちがPCに入ったのは革命でした!)


問題は音場ですが、これも現代ではMIXの手によってノイズ除去とクリアな効果がけは可能になっているので、よほどヒドイ状況で録音しなければ通用します!


私も実際にヨド●シカメラの方で、全てのヘッドフォンを視聴しましたが、個人的には3万以上はもはや好みの次元です。

聞いている環境や再生している機材にもよりますし、

楽器も同じですが、人間の耳がボトルネックになるので、音そのものを加工したり特性の用途向けにしたりするしかないという事になりますね!

本来、役者は匿名につとめるべき ー代表作など無いー

何を目的とするかによりますが、

役者を自分を有名にするための道具として使わない場合、本来の役者というものにフォーカスすると、匿名にするべきという話。


名前を売ることや、一度顔が売れてしまうと人物のイメージを損ないます。

つまり、結果として広まってしまった例を除いて、そもそも役者として、名前を売るという活動自体が本質から遠ざかる行為であり、

その様はビジネスマンとして営業を行い名刺を配っているか、バイトがポケットティッシュを配っているという商業・アイドル的な行為であると結論づける事ができます。 

作品のクオリティを重視するのであれば、話題性だけではなく手広く多様なキャスティングをするべきであり、

そして可能ならそのキャストの名前を秘匿した方が望ましいと言えます。

 役者 と聞いて代表作は?と聞く人は本質から見ると間違った行動で、

 役者=有名を目指すべき存在と思っているのは全く知識がなく日本独自のアイドル的価値観が植え付けられていると言えます。

 実際に、日本の俳優はアイドル的PRが非常に濃く、アイドルと俳優の境は曖昧で、名前で売るビジネスに偏重している為、無知な大衆もそういうものだと認識するのは無理もありません。

 ですが、例えば演劇の祖ギリシャでの成り立ちとしては、宗教・悲劇・一般人が神のために演じたのが始まりなので、原点から見ても同じことが言えます。


つまり、声優が俳優になったり、その逆があると大衆は話題性だけでキャスティングした!

と言われガチですが、そもそも日本の俳優・声優は厳格な美学と音声に関する知識の養成は無いので、その境は無いも同然ですし、

日本の商業声優の起源は食えない俳優が片手間にやっていた汚れ仕事の様なニュアンスから始まっている為、元から似たようなものなのです。


ーーーーーーーーーーまとめーーーーーーーーーーーー


役者の匿名性と本質
本来、役者は「役を演じること」が目的であり、自己の名声や個人のブランドを確立することは本質ではない
特に、役者が目立ちすぎることで、観客の目が「役」ではなく「俳優個人」に向いてしまうという点は、作品の没入感や純粋な表現の質を下げる可能性がある。


日本の俳優業界とアイドル的要素

日本の俳優業界はアイドルビジネス的な要素が非常に強く、「名前を売る=成功」とされる傾向があります。
「この俳優の演技が素晴らしいから作品を観る」のではなく、「この俳優が出ているから観る」という消費構造になりやすい。
これは、芸術よりも話題性や商業価値が優先される日本独特の文化が影響しているのでしょう。

一方で、欧米の映画業界では俳優が役に溶け込むことが重視され、時には有名俳優でも変名を使ったり、顔を極力目立たせないようなキャスティングが行われることがあります。
例えば、スタンリー・キューブリックやデヴィッド・フィンチャーのような監督は、俳優の「スター性」ではなく、作品そのものの完成度を重視する傾向が強いです。

ギリシャ演劇のルーツ

ギリシャ演劇の起源を考えると、役者が「神のため」に演じていたという点が重要です。
つまり、個人の名声ではなく、表現そのものが目的だった
この点から考えても、「役者=有名になるべき存在」とする現代の考え方は、本質からかけ離れたものだと言えます。

では、役者は匿名であるべきか?

結論として、「何を目的とするか」によるということになります。

  • 商業的な成功を目的とするなら、名前を売るのは戦略として有効

  • 作品のクオリティや本質的な表現を重視するなら、匿名性を保つ方が理想的

ですが、現代の芸能界は商業主義が強いため、本来の「役者」としての理想を追求する場は非常に少なく、名前を売ることがほぼ必須になっています。
その中で、どこまで「本質」に近づけるかを模索するのが、芸術家としての挑戦になるのかもしれません。


2025年3月22日土曜日

商業芸術なんてそれっぽければ成立する 稼ぐ事が本当に芸術の為になるのか ー音楽理論と弾ける事は別ー

 声優・俳優に関わらず日本の多くの芸術系学校や養成所では本質的な勉強や実践(声のメカニズム、歴史、メソッド)を行わないという事は何度も明らかにしてきましたが、

(芸大系は大まかに歴史をなぞりますが、日本の大学ビジネスという構造上、教本をなぞるだけですし、生徒側は芸術ではなく自分がその手の経歴を持っているすごすごあーてぃすとである という肩書目当てで入校するので、内容自体は興味がない)


しかし、これはいい得て妙です

芸術とは革新ですが、日本芸能の場合、音楽で言えば売れた曲の調(雰囲気)をコピーして少し変えるという工場生産ライン的な機械的大量生産を行っています。


ですが、これはビジネス的に言えば大正解なのです。


グーグルや🍎アプリ開発でも、売れているアプリを少し変えて量産したり、何がウケるか分からない世界では他人を蹴落とす方が圧倒的に楽です。


アイドル的プロモーションも同じです。


イラストレーターっぽければいい、歌がうまそうに見えればいい


楽器は顔で弾け!なんて言葉もあります!


要は、個人にしろ企業にしろ、”それっぽさ”が最重要なんです。


今後は個人の時代になりますが、そのアイドル的PRは商業主義である以上、変わりません。

(余談ですが、フリーのイラストレーターは認められるのにフリー声優は認められない謎の空気感ありますよねw)


それはなぜか?というと非常に明確な答えで、演者も聴衆も無学だから です。


例えば日本でほとんどの人が世界の美術史や演技メソッド、音楽理論について毎日勉強しているか、5年ほどずっと研究していた という人はどれほどいると思いますか?


多くの人はここで錯誤し、ピアノが弾けるなら理論も解っているはず!と思うでしょうが、それは全く違います。

早く弾ける事も素晴らしい技術ですが、知名度があって売れていて早く弾ける音楽家だからと言って厳格な知識があり、なぜそうなるのかを説明できるか?といえば全くそうではありません。

多くのプロを名乗る者ですらそんな状態なのですから、大衆が知る由もないでしょう。


他には、こんな事が言えます。

皆さんは 能や歌舞伎、浄瑠璃について知識を持ったり、普段観る事はありますか?

日本人であるのに、日本文学について知らない

イメージではそんなものあり得ないだろう という図式が成立していても、冷静に考えると結構ありきたりなのです。



であれば、”売る”為に重要なことは大きなマーケット向けに売る事、つまり世間のニーズに応えること ということになります。

だから、前述した多くの入学者や今の時代にアーティストを目指す人達が芸術という単なる道具を、自分を食わすためや、人気を得るためとして消費的に使うというのは

ビジネス的大正解ということになります。(もし知識を内包して大衆の味付けがわからなくなったら、世俗離れするので売れなくなりますしね)


では、無学な大衆向けにマーケティングするとどういうものが生まれるのか、それが工場生産的大量生産という事が言えます!


それっぽければ良いのです!

学閥と藝大・美大について よく言われるアーティストは学校に入るべきなのか問題

 芸術、というより現代ではエンタメを志望する人は学校に入るべきなのか? という問題はよく取り沙汰されます。

これはアカデミズムといって今に始まったことじゃないんですけどね


個人的には、他力本願や独立性の無い時点で芸術家向いてないだろ と思いますが・・・それでは終わってしまいますのでw

もう少し深く掘り下げます


その前に、学閥 というものがあります


皆さんは東大や難関校合格の学歴がある=頭が良いと思いますか?

多くの人が思うでしょうが、これは違います。


日本の学校という枠組みの中では勉強ができるので、そういう意味では賢いです。


しかし、これには大きな罠があって、


今日では某A●のCMで「生まれた環境によって学べる選択肢が減る」という様なことを言っていますが、それを忖度なしに切り込むのがこの記事になります。


・高学歴の親の9割は金持ち(既得権益である)

・幼児の時点で受験戦争は始まっている

・明らかに異常な合格率を叩き出す塾がある

・独創性のないあらかじめ決められたテストに対する暗記教育である


ポイントです。


AIに聞いても答えが出ている話ですが、これらをつなげると、

既得権益の親が大金を払い、異常な合格率を出す(受験内容を先に知っている)塾へ通わせて合格している


という事になります。

東大の官僚出世コースには上の言うことが絶対であるという洗脳装置があり、

大本をたどると、官僚、銀行、教育機関、各省、上位公務員などはこの学歴社会で高学歴であることが賢く、絶対的であるという盲信を植え付け、

権益者に歯向かわないように仕組んでいるという構造になっています。

早稲田や慶応が単純に稚拙な肩書マウントで戦っている訳ではありません。

学生は無知なのでそういう風に視えるものの、裏では権益者同士の派閥争いもあるという事です。


銀行に至ってはパナマ文書というざっくり言うと世界の権益者が国民に税を課しながら自分たちはタックスヘイブンと呼ばれる租税回避地に口座や事務所を設立し、脱税をしていた人たちと、その脱税方法が記載されたリストをジョンドウという人が命をかけて諜報し、世界に発信したものです。

というものを、

みず●銀行やその他報道、ニュース記事サイトは節税は悪いことであると誤信させる言い方で日本では発表しています。



ので、本来 制約の無い自由性ある芸術家が肩書に執着するのは失格であるということになりますが、


では藝大に学閥はあるのか?という疑問が湧いてきますね!


結論から言うと、無くはないが、東大や早稲田慶応などよりは無いです。


しかし、藝大内部は形骸化しており、最初期こそ革新的な事を成していたものの、

現在では


・教科書をなぞるだけの講義になっている

・講師の選抜方法に忖度がある


となっています!


おかしいとは思いませんか?

彼らが本当に優秀なのであれば、世界で戦えるアートや政治によってこの国は好景気になっているはずですが、円安のバーゲンセールは留まりません。


因みに、医療系についても似たような事があります。

教育機関は基本的にそうって事ですね

また、その関係上、実務に携わったことのない講師や、全く関係のない分野の人が講師をやったりします。

ITの学校でも例えばCCNPというcisco機器に関する民間資格があるのですが、これの講義をする講師がその資格を持っていないということもありました。

私が同僚や学校長にそれはどうなんだ?と問い詰めたら

「ごめんなさーいww」

と笑っていましたけどねw


例えば、看護師や動物看護師は人手不足といいながらも専門学校か4年制大学の卒業が資格の取得要件となっています。(基本的に 例外があるが時間やコスト的に厳しい)

しかし、大学で学んだことは実務で使われることはあまりなく、

大学講師のやってる風授業を受動的に受けるだけの機関と化しているという事になります。(小中高もそうですが、こちらは先生が独自にというよりガラパゴス日本教育のという側面が強いです)

つまり、人手不足なのに大学卒業が要件で、その大学で学ぶことは実務で使うことはあまりない・・・


これを陰謀論として見るかどうかは貴方の哲学性に任せますが、

私の記事はAIとファクトチェックを行ったうえで発信しています。


日本の演劇はプロ・アマ問わず舞台の上で演技をする劇ではない別の何か

 皆さんは観劇をしたことがありますか?😊


この記事では演劇部からプロの商業劇団についても触れるので芸能より身近な話かもしれません!


演劇部、と言うと変人が集まっていますね!(私も入ってましたし、各校の部や合宿にも単身で参加していたので経験則としてもありますw かくいう私もそうですしね)


なぜこのタイプが集まるのでしょう? まずはそこから切り込んでいきます。


日本の演劇はプロ・アマ問わず舞台の上で演技をする劇ではない別の何か ということの原因として、(芸能にも言える事ですが)演劇とは何か? を知らない人が多数という事なんです。


例えば、芸能人や演劇部の講師や先生に「演劇の発祥地はどこでしょう?」と聞いてみて下さい。

それすら答えられない人のほうが多数です。


もちろん、プロアマ問わず私の様に肩書を捨て、フリーの身を活かして各国の芸術を独自研究している人や希少中の希少でしょうが、実際に旅行した人も居るでしょう。

全員が とはもちろん言うつもりはありませんが、演劇や芝居 とは何か を知っている人は非常に少ない ということなんです。

声のメカニズムや発声についても知識が薄いです。


これは美大でも藝大でも同じです。(専門学校や養成所に比べると幾らか古典的な勉強はあるものの)


何の興味もない一般の方が想像するのは難しいかもしれませんが、考えても見て下さい。


一度はこの世界に足を踏み入れた人、もう気づいていますよね?

美術の歴史や声のメカニズムを医学や書物で勉強する機会やした人を見ましたか?


殆どはその劇団員の感想やマネジャー等の関係者による(日本でしか通用しないような)アイドル商業プロモーションを前提とした講釈です。


今、劇団やそういった業界にいる人、なぜ発声練習をするのか具体的に説明できますか?

エチュードはどんな効果があるのかを論理的に証明できるでしょうか


もちろん!

演劇史的な勉強や医学的な声のメカニズムを知っていたからと言って、それが表現に明らかに出るのかは不透明ですね


ですが、アメリカやヨーロッパ、北欧にはメソッドや紡がれた芸術家達による歴史があります。

これらをしっかり学んでいるか?は 役者としてのスタンスに影響がありますし、

芸術家として予定調和を着実に破壊するのか、

知らずに偶然で(カオス)破壊するのかとでは結果は異なります。


芸術の世界は自由なので、絶対に勉強しなさい という事ではありません。(200を超える国がありますから、それぞれ2000年ほどの歴史を把握するのは無理ですしね)


演劇一つ取っても、例えばプロセニアム・アーチを作り、悲劇ベースで台本を作成し、宗教的な題材にして、

芝居 であれば、芝を容易して外で行い...とそこまでする必要性はないものの、

それらを継承した者(知識的に)がいた上で、演じなければ


タイトルのことが成立してしまうという訳です。




となると当然、演劇部という部活自体も硬派性は一切なく、

どういう人が集まるのか? と言われたら現代では商業的に人気のある声優や俳優に興味がある人たちが集まって、

演劇ではない日本特有の何か となる訳です。


能や歌舞伎のほうが日本的には確実に行いやすい と言えるかもしれませんね!

がおうぱっぱ は意外と悪いことしていないという事を解りやすく法律も交えて弁証してみる

 この件について深く知っているワケでも調べたワケでも無いんですが、そこが逆にメリットなのかなと思い書くことにしました こういうのって、真相は当人しか知らないし、ましてやコレコレみたいな陰湿な負が集まる場所で暴露すると変な尾鰭がつきますね(だからこそ裁判という正式な場があるんですが...