2024年9月9日月曜日

俳優(声優)養成所で音声学や美術史の勉強はしないって話しましたっけ?

毎度のごとく 重複している様な気もしますが・・・


今回は改めて、なんとなしにTVで俳優(声優)を知っていて興味はあるんだけれども、

そこまで実情について知るつもりはない人や、

何年もオタクやってるけど内情について知る機会の無い人向けに、

具体的に養成所や専門学校って何やるんだい? という事に着目して書きたいと思いますう


結論から言うと、タイトルの通り音声学・音響学・耳鼻咽喉の原理的な話・舞台に関わる役者の歴史については

1ミリも勉強しません!!


博学なごく一部の講師が偶然知っていたから、余興で話す という事はあっても。


でも、こういった本質的な理論や歴史に基づいた勉強をする芸術って、

日本だと絵と音楽の大学それとクラシックバレエだけだと思いますね。


少なくとも役者業の大学はほぼ無いです。



じゃあ何をやるの?って話なんですが。


具体的なコースや科目がどうのこうのって話は、他のサイトが沢山ありますので割愛して、


まず、専門学校も養成所も大体2年間(3年のところもある)で、

養成所については、基礎科、研修科と分かれており、

この次が準所属となります。大体。

準所属とは、


現代ではタレントとしてやっていく為の、技術面よりコンプラ(炎上しないか)が最重視され

本業よりも踊りや歌、番組やYOUTUBEチャンネルなど顔を晒す機会も増加しています。

なので、俳(声)優といえど、実質アイドルだと思って貰って全く差し支えありません。


その数年間で、身辺管理のできる人間か? を見られています。


その最終段階が、この準所属という形になります。


昨今ではちょっと燃えただけでスポンサーがすぐに降りてしまい金にならないですから、

準所属という法律には存在しない独自の雇用形態を作り出し、実際に軽く仕事を与えてみて、見計らっている訳です。


因みに、基礎科では場所によりますが大体 一週間に1回、2時間で、

腹筋のトレーニングとかプランクみたいな皆さんがオウチでやっている様な事を1時間ほどやった後、

残り30分くらいはセリフを読んだりします。(無い時もある。そういうときはシアターゲームという即興劇をするんですが、トレーニングっていうより遊びに近いです。

一般的にいうと人狼とか伝言ゲーム、そういうものに近いです。)


研修科に上がって、やっとマイクを使ってアテレコをしたりしますが、

正直な話、これは緊張感や初めての飲食店バイトみたいな慣れの問題で、

最初から出来ちゃう(絵に声をパズルのようにハメられる)人は出来ちゃいますし、

最初は出来ない人も半年もやっていれば直ぐに慣れます。

あと、自宅でも練習できます。

(※俳優的なアテレコではない演技も同じです)


その証拠に、お笑い芸人やアイドル、Vチューバーなんかがもちろん芝居をしますが、

(ビジネス的に考えて)下手に養成所出の 事務所の 人間を使うよりも、

話題性でハネて金になりますし、実際上手い事も全然あり得る話です。

(非常に恐縮ですが、大塚明夫さんがこちらの記事で、声優の仕事を声優だけがやると思ってるのは一部のオタクだけで、色んな職業の人が行うし、そういう技術を持っていてもわざとならない人もいると書かれております。

本当にその通りですありがとうございます(?))


ttps://toyokeizai.net/articles/-/321702?page=2


或いは、この世に生きているすべての人が役者であり、普段から演技や芝居をしています。

ウソを隠す時、上司やお客さんに折衝する時、恋人にいい顔する時・・・

芝居とは、その普段から行っている日常生活を舞台上で再現しているだけです。


多くの芸術は無学な人にとってすれば、魔法のように何か凄いものにみえますが、紐解いてみるとこういうものなんだな、と解ります。

(教会のステンドグラスが神々しく映るのは、大手企業のロゴが記憶に残りやすいのは、人間工学に基づいているからだ とかね)



なので、まとめると、


芸術という金にならない曖昧なものを売るには、技術ではなくその国のスポンサーや世間好みの人間性が重要である


そのために、”一般人”ではなく”演出された芸能人”として生きていくに足る人間なのか?

を初歩的な訓練を2年間で行いながら、見られている という訳なんですね~


実際に、私がお邪魔した養成所付属の事務所でも運営側にスタジオを映すモニターがありましたし、

ツイッター(X)のフォロワーが◯◯人いると採用され易いというのは常識になってきています。



声優というのが、まだ確立されていない1900年代とは全く違う業界になった という事で、

その時代の俳優(声優)はこういう現代的な事実を嫌うんですが、

残念ながら技巧派の時代は終わってしまったんです。🥺


でも、美術史を学んでいる方には常識ですが、そういった技巧派、前衛的、アカデミック、芸術は貴族の所有物などを繰り返していますので・・・これも予定調和の一環という事で!

2024年9月1日日曜日

現実を見て、遊びに生きる ー天職や才能なんて存在しないー

 日本人はプロという言葉に夢見すぎで、遊びを軽視しがちだ。


キラキラしている様な仕事ほど、裏が黒いというのはまともな思考をしていれば考えられることだ。

仕事というのは、誰かが嫌がることを代わりにやって対価を得るということだ。


天職という言葉も才能という言葉も存在しない。

所詮は尤もらしく聞こえるだけで、蓋を開ければ都合の良い言葉でしかない。


配達員や運転手はブルーカラーと呼ばれ、底辺の仕事だと軽視されがちだが、

運転が好きな人にとっては苦はあれど継続しやすい。


パン職人や漁師も朝が早い。

だが、朝方の人間にとってはやりやすい。


そういったレベルの話で、世間が宣う様な天職や才能といった大きな何かではない。


大金を稼ぐことも、有名になることも、技術があることも

才能とも、天職とも、プロとも呼ばない。


この世に生きる全ての底辺も、社畜も、無職も、


全てを差し引いて残った本当にやりたい好きな事

或いは、楽しくはないがやっていて嫌じゃないと感じるもの


その精神性こそが 本当のプロであり、天職である。


社畜の癖にプロを神格化するのは何故なのか ー縛りの無い趣味はプロを超えるー

 日本と韓国は過労死や社畜という言葉がよく挙がる。


そして、遊びを軽視して仕事を重視する。


何故なのだろう?


例えば貴方が、スーパーの正社員(青果担当)だったとして、お客様に対し最善のプロモーション、有毒な農薬を使わず最も良い状態の新鮮な青果を低価格でお届けしたい!

そんな情熱を持って、1社員が取り組んでいるだろうか。


全くそんな事もないだろう。

安い給料で死んだ目をして言われたことを言われた通りに行ってただ業務時間が過ぎるのを待って、

帰ったら客や労働同環境に愚痴を言いながら酒やタバコに溺れ、また明日が来て社畜をする。


これは工場勤務であろうが同じだ。


何が云いたいのかと言うと、

そんな社畜である貴方たちもプロなのに、特定の業種となると”プロ”って言葉を信仰するのは何故なのか。

金のために仕方なく働いているというのは、他ならぬ君たちがよく痛感しているはずだ。


私から言わせてもらえば、

いい年した大人が小さい子供が将来の夢を盲信している様にしか見えない。


小さい子が語っている将来の夢を聞く保育園の先生の様だ。


そう簡単に成れないんだよ😊 とかそういう意味じゃない。

なったとしても、実態は現実的で、地味で、腐敗していたりする。


程度の差はあれど、仕事とは人が嫌がることを代わりにやって対価を得るというのが基本だ。

こんな事は、年齢を重ねれば簡単にわかることだと思っていたのだが、そうではないのか?



夢を叶えた人間にしか見えない黒さだったとしても、


ならばせめて、子どもの様に憧れているだけでなく、自分が好きだった趣味を信じる事は出来ると思う。

日本人は我儘なブランド好き ー他人から見て価値があるものが好きー

 私が生きてきた中でよく見かける光景として、肩書好きな日本人が多いなという印象。


かくいう私もその流れに流されていたのか、親の影響なのかは分かりませんが、高校生まではなんとなしに似たような状況に陥っていました。


どういう事かというと、


有名だから凄い、好き


この場合、中身について一切考えず 有名であれば何か良い、価値があると思いこんでいる現象。

例えば、とある相談系YOUTUBERの人が ブサイクな自分でも告白してくるDMがよく来る

とか、

材料は同じスポーツドリンクがあって、片方は有名企業のドリンクで、片方は知らないドリンク。

名前がある ということに価値を感じて、原材料なんて一切見ないくせになんとなしにどこかで聞いたことある方を買ってしまうという現象。


しかし考えてみれば、有名だとしてもその実態やどういう企業、商品、人間なのか?

について深く考えたり知っていたりするでしょうか。

いや、考えないで生きているからこそブランドがついていれば良いものだと錯覚するのかもしれませんね。


NTRやドロドロした火曜サスペンス枠が定石になるくらい日本ではこういった、

”他人から見て価値がある”ものが好き という人は多いですね。



さすがプロだ!

という言葉も聞きますが、

ローソンのオーナーも、マクドの店長も、スーパーの正社員も、ウーバーの配達員も、名も知れない農家もプロなのですが、

彼らに対して褒めている例を見かけたことは少ない。

むしろ、プロであるレジの店員さんに怒ったり、デカい態度を取ったりして馬鹿にする方が見かける。

ブルーカラーの職業で、店側が悪いことも多いのでそれ自体はさておいても、

なぜ同じプロなのに信仰しないのだろうか。



要するにこれも、”他人から見てキラキラするような業種ではない”からだろう。


だが、或いはこうも言える。


所詮プロといえど、ゲームディレクターも会社のブランドや資本力、多くの人が分野別に手掛けていて、DやPの力だけでは成せ無い。


今挙げたコンビニもマクドナルドも、実際に商品を作っているのは機械で、


芸能人でもそうだという事はこのブログを通して何度も書いている。


誰かが子供の頃に憧れた電車の車掌も、電車を実際に動かすのは人間ではなく自動の電力だ。


実際に英語を喋る、作品を見せれば資格など必要ないが、後で問題があったときに人事の責任追及をされるので、言い訳作りとして応募者の経歴がこうだったから通したと言う、


しっかり現実を見られる人間ならば言うまでもない事


だが、結局評価されるのは、その本人というよりもその人に取ってつけられた経歴なのだろう。


がおうぱっぱ は意外と悪いことしていないという事を解りやすく法律も交えて弁証してみる

 この件について深く知っているワケでも調べたワケでも無いんですが、そこが逆にメリットなのかなと思い書くことにしました こういうのって、真相は当人しか知らないし、ましてやコレコレみたいな陰湿な負が集まる場所で暴露すると変な尾鰭がつきますね(だからこそ裁判という正式な場があるんですが...