私が生きてきた中でよく見かける光景として、肩書好きな日本人が多いなという印象。
かくいう私もその流れに流されていたのか、親の影響なのかは分かりませんが、高校生まではなんとなしに似たような状況に陥っていました。
どういう事かというと、
有名だから凄い、好き
この場合、中身について一切考えず 有名であれば何か良い、価値があると思いこんでいる現象。
例えば、とある相談系YOUTUBERの人が ブサイクな自分でも告白してくるDMがよく来る
とか、
材料は同じスポーツドリンクがあって、片方は有名企業のドリンクで、片方は知らないドリンク。
名前がある ということに価値を感じて、原材料なんて一切見ないくせになんとなしにどこかで聞いたことある方を買ってしまうという現象。
しかし考えてみれば、有名だとしてもその実態やどういう企業、商品、人間なのか?
について深く考えたり知っていたりするでしょうか。
いや、考えないで生きているからこそブランドがついていれば良いものだと錯覚するのかもしれませんね。
NTRやドロドロした火曜サスペンス枠が定石になるくらい日本ではこういった、
”他人から見て価値がある”ものが好き という人は多いですね。
さすがプロだ!
という言葉も聞きますが、
ローソンのオーナーも、マクドの店長も、スーパーの正社員も、ウーバーの配達員も、名も知れない農家もプロなのですが、
彼らに対して褒めている例を見かけたことは少ない。
むしろ、プロであるレジの店員さんに怒ったり、デカい態度を取ったりして馬鹿にする方が見かける。
ブルーカラーの職業で、店側が悪いことも多いのでそれ自体はさておいても、
なぜ同じプロなのに信仰しないのだろうか。
要するにこれも、”他人から見てキラキラするような業種ではない”からだろう。
だが、或いはこうも言える。
所詮プロといえど、ゲームディレクターも会社のブランドや資本力、多くの人が分野別に手掛けていて、DやPの力だけでは成せ無い。
今挙げたコンビニもマクドナルドも、実際に商品を作っているのは機械で、
芸能人でもそうだという事はこのブログを通して何度も書いている。
誰かが子供の頃に憧れた電車の車掌も、電車を実際に動かすのは人間ではなく自動の電力だ。
実際に英語を喋る、作品を見せれば資格など必要ないが、後で問題があったときに人事の責任追及をされるので、言い訳作りとして応募者の経歴がこうだったから通したと言う、
しっかり現実を見られる人間ならば言うまでもない事
だが、結局評価されるのは、その本人というよりもその人に取ってつけられた経歴なのだろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。