2024年9月1日日曜日

社畜の癖にプロを神格化するのは何故なのか ー縛りの無い趣味はプロを超えるー

 日本と韓国は過労死や社畜という言葉がよく挙がる。


そして、遊びを軽視して仕事を重視する。


何故なのだろう?


例えば貴方が、スーパーの正社員(青果担当)だったとして、お客様に対し最善のプロモーション、有毒な農薬を使わず最も良い状態の新鮮な青果を低価格でお届けしたい!

そんな情熱を持って、1社員が取り組んでいるだろうか。


全くそんな事もないだろう。

安い給料で死んだ目をして言われたことを言われた通りに行ってただ業務時間が過ぎるのを待って、

帰ったら客や労働同環境に愚痴を言いながら酒やタバコに溺れ、また明日が来て社畜をする。


これは工場勤務であろうが同じだ。


何が云いたいのかと言うと、

そんな社畜である貴方たちもプロなのに、特定の業種となると”プロ”って言葉を信仰するのは何故なのか。

金のために仕方なく働いているというのは、他ならぬ君たちがよく痛感しているはずだ。


私から言わせてもらえば、

いい年した大人が小さい子供が将来の夢を盲信している様にしか見えない。


小さい子が語っている将来の夢を聞く保育園の先生の様だ。


そう簡単に成れないんだよ😊 とかそういう意味じゃない。

なったとしても、実態は現実的で、地味で、腐敗していたりする。


程度の差はあれど、仕事とは人が嫌がることを代わりにやって対価を得るというのが基本だ。

こんな事は、年齢を重ねれば簡単にわかることだと思っていたのだが、そうではないのか?



夢を叶えた人間にしか見えない黒さだったとしても、


ならばせめて、子どもの様に憧れているだけでなく、自分が好きだった趣味を信じる事は出来ると思う。

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