2024年6月30日日曜日

養成所時代に感じた最も大きな事は、レベルが低いという事

 私の目的は人気を得る事でも、金を得る事でも、事務所に所属するという肩書を持つ事でも無く芝居の技術を上げる事だったので、

相手にとっては利用している様な不純な動機で失礼ながら、あらゆるワークショップや体験授業に参加させていただきました。

結果的にその後、飛び級をして事務所に入った後、退所していますが。


その上で、感じたのは”私が普段やっている鍛錬の方がずっとキツイ”という事です。


もちろん、絵を沢山描けば絶対に”上達”するものではないのと同じ様に、芝居もまたやれば良いというものではありません。

これは、理由を言うと長くなるので端的に言うと”上達”したかどうかの価値観が人によって異なるからです。

した と思えばそれで良いですし、 周りがした と思っても 本人がしてない と思えばまだ終わっていません。

そういう思い込みの世界です。


こう言うと、偉そうだとか、何様だと言われてしまうかもしれませんが、承知の上で言うと誰もが感じたことのある至極単純な論理なんです。


例えば、自炊のできる人がレストランにいって料理を食べたとします。

出された料理が不味くて、或いはこの程度で高い料金設定にしているのかよ!と感じた事のある人は料理をする人であれば一度はあると思います。


芸事になると規模がデカく見えるだけで、根本はこれと同じ感覚です。


レベルが低い! と言うと、少し語弊があるのですが、単純に”熱量”って単位で見ても本当になりたいんだか、なりたくないんだか曖昧な人も多いって事です。


要するに、●●(声優、俳優)になりたい!という多くの志望者は端から見ると 何だか凄い理想と努力をしているのだなぁ と思うじゃないですか。


殆どの場合はそうではありません。(現在の当人にとってはそれが最大というだけで間違っている訳ではありません 理由は以下)


私が思うに、多くの志望者は何かキラキラして見えるその世界で声優という”肩書”を有して真っ当に働くのも面倒だからなれたらいいや程度のモノ


であって、仮になれなくても個人で切り拓いてやるとか、じゃあ英語圏で演ってやるとか

目指している方向性が、そういった事務所に所属するとか、有名になるとか、大枚を稼ぐという事ではない本質的な”役者(声優)”としての精神性ではないんだろうと言う事です。


で、ここからがミソで

これはあくまで、より本質的な役者の精神性(技術という観点)から見た感想であって、

現代的なビジネスの観点から見ると、大御所の役者ほど嫌がる答えなんですが、実は”大正解”な動機なのです。

実際に、今売れている声優の人で”陰キャだから前に出てくる俳優は無理だけど声優ならイケると思った”

って語ってる正直な人も多いですよね。

動機は不純でも、実際に売れているのだから そういう理由であってもウケるもんはウケるんです。



大御所の(よりキャリアのあるor役者としての精神性の高い)役者が ”今の声優はー” ”声優という職業を甘く見ないほうがいい”

と、言うと 裏事情を知らないオーディエンス(客)からすると、うんうんそうだね!とならざるを得ませんが、


冷静になって考えても見てください、

世間が求めているのは、”役者”としての完全性を持った本当の俳優(声優)ではありません。

歌って踊れて顔もスタイルも良くて何かしら一芸も持っているアイドルの様なマルチタレントです。


もしこのニーズから外れて、事務所という会社が いや!ウチは古典的で厳格な役者を商品にして売っていくんだ!

としたら、スポンサーや仕事をくれる依頼人が居なくなります。見向きもされなくなる。だって金にならないから。


であれば、役者や芸術というものに造詣が深くない(昨今では演ってる声優俳優自身もですが)経理畑のマネージャーや営業をかける人等が、余計に役者が役者としてあるべきスタンスなんて理解できるはずもなくて、

売れないのならそれは意味がない、だからマルチにできる人を採用しよう!となるのは当然なんです。

そうしなければ、会社は倒産してしまう。

そして、この業界に入ってくる人は昔と違ってオタクの人なので、自分が若い頃に見ていたアニメの歌って踊れるアイドル声優を使いたい!って人が仕事を依頼する会社にも、事務所にも入ってきます。


これは、ゲームでも同じです。

ゲームとして本質的に面白いかどうかよりも、ソシャゲを作って課金させまくっときゃ莫大な収益モデルとして簡単に成立する。

波に乗っかる、いや利用してこそ金は入るので。


少し脱線しましたが、これが今の声優が個性がないと言われる本懐というか、時代による価値観の乖離です。


繰り返しなりますが、悪い事ではありません。

単に、振れるステータスの値が100と定義して、役者としての芝居力は10まで落ちるが、容姿30歌30ダンス30とか、芝居ではない部分が大きくなるってだけです。

それでも売れるものは売れる。


なので、まず芸能関係の養成所や事務所に入るってことは何だか壮大な感じがしますが、冷静に現実を見るとそういう事ではなく、

現在、多くの志望者が抱えているミーハーな態度というか精神性というか器用貧乏な方が時代に合ってるんです。

時代に合っているということは、多くの声優事務所が求める人材ページに書いてもある”マルチ”とか”時代のニーズに応えられる”という要件を既に満たしている、と言えます。


なので、もしそういった業界に進みたい! という方が居れば、私達の様にマイナーだが本質的な考え方ではなく、フラットでミーハーな方がよりなりやすいですよ。

音楽用語みたいですねw


2024年6月29日土曜日

仕事(金)は技術よりも人柄(コミュ力)

仕事や金稼ぎにおいて、 技術があれば成立する と考えているのはガラス職人や琵琶を作っているような超ニッチな職は違うかもしれませんが、浅はかです。


とても簡単な論理で、

日本は資本主義国家です。

お金を払う人、受け取る人がいます。

仕事を渡す人、受ける人がいます。


ここで、割り振れるステータスの値が100と定義して、技術に100振ります。人柄の値は0。

分かりやすく言うと、凄く良い商品は作るんだけどめっちゃ性格悪い人間が出来上がります。


貴方が仕事をするに当たって、誰に依頼するかの権限があったとします。

もしくは、この技術100人柄0の性格クソ人間といっしょに仕事を進行させていく部下や同僚、上司だったとします。


確かに技術(経歴とか今までに作った成果物や知識)はあるけど、なんか会話も成立しないし、言っている意味もよくわからないというか、性格が悪いように見える。

(具体的な例を言うと経験しないと難しいですが、IQ180のギフテッドが知性はあっても必ずしも社会に馴染んだり成功者になるとは限らないというのは定説で、私もこういった知能指数や偏差値70位の高い人と会話をしたことがありますが、頭が良すぎるのか物事を抽象的に捉えるという事やデータと現実の切り分けが苦手なようで、雑談なんて相手の主張に適当に合わせておけばいいのに、必ずそうであると言えない事は絶対にそうとは言わないので、共感を求めた相手側からは性格が悪く見えるという ちょっとややこしいですが知能の差による会話のズレがあったりします。恐らく、頭が良すぎるので物事を感覚を司る脳ではなく、理性で判断する脳の部分で考えがちなのではないかと勝手に思っていますが。

因みに私は色んな意味でバカの方ですw)


仮に良いモノを作れる人だったとしても、仕事やお金を提供しているのは”人間”なので、どうしても最終的には感情で判断しますし、

そもそも会話が成立しないのならプロジェクトは進行しません。


なので、個人で生み出せるごく一部のニッチな職業でない限り成立しないという事になります。


このウンコブログは芸術が主なので、具体例として劇団に置き換えると、

個人が良い演技が出来たとしても、芝居は基本的に団体になりますので、周りの技術が低ければ変に目立って浮いて見えますし、

それよりも、普段から和気藹々としている様な協調する関係がある方が結果として技術よりも魅力的なものになります。

2024年6月25日火曜日

一番に好きなことを仕事にすると上手くいかない理由

 これを執筆しているブログ主は、平日の昼間に誰も見ないようなこんなブログwを書けるくらいには成功(?)しています。

元SEなので、3Dモデリングやプログラムを組んだり、エンタープライズ向けのサーバを脆弱性チェックしたり演奏したり踊ったり適当にやっています。


なぜ、成功しているのか それは嫌いなことに不真面目だからです。


例えば、私は金を稼ぐという事があまり好きではありません。


もちろん、嫌いでもありませんが日本の社会構造上ビジネスというのはバカを騙すと儲かるモデルとなっているからです。


数が多すぎるので一つだけ例を挙げると、芸能ビジネスが分かりやすい。

極めて不完全な人間というものを あの天才●●がー 評価基準が謎な●●賞を受賞したー あの●●に認められたー

とさも完全無欠かの様にプロモーションを行い、

推しているオタクの人達と騙されやすいミーハーな人達が、こぞって鵜の目にして提供されたアイドル(商品)に対して金を払う。

そして、当然人間は完全ではないので不倫や事件でボロが出て炎上します。

そこで今まで ●●は天才だ! と推していた人達が掌を返します。


でもこれ、頭のいい人は説明しなくてもわかるんですが、まんまとセールスに引っかかっているんです。

この炎上までのループこそがテンプレ的な売り方で、こうすることで名前が売られ(広まって)

悪名は無名に勝っていく理由です。


しかし、こういった事を見破れる人が多数派だとこのビジネスモデルは成立しません。


この手の商法は芸能だけでなく様々な場所で行われていますし、実際儲かるのでビジネス的には大正解です。



でも、私はそれをやりたくありません。

元々、技術さえあれば他には何も要らないというタイプなので無欲というかどうでもいいのもありますが。


で、何と理不尽な事か これがビジネス的に上手くいく解だったんです。


真面目な人ほど損をする といいますが、まさにソレで

例えば貴方が、熱意をもって入社したとします。

それで、明らかなハラスメントだったり、正確なデータと反した業務のやり方だったり、お客さんが困っているのに改善する気が一切ない

といったことがあったとします。

この時、熱意ある貴方は 上司に これは改善した方がいいだろうと指摘しますが、

上からすると、超めんどくさい奴でしかありません。

固定給だし、やる気を出したところで上がる給料はたかが知れている。

そんな事より、昭和の年功序列制に則って楯突かず大人しく適当にダラダラ会社に行って反抗しない方が役職も給与も上がっていきます。

めんどくさい奴は待遇を悪くされて退職に持っていかれて終わりです。


タモリさんの言葉に、

仕事は適当に、遊びは真剣に というものがある。


これは、好きなことを仕事にできた場合も同じです。

好きなことを仕事にするというのは(金稼ぎ)、好きだったものを仕事に変える という事なんです。


要するに、仕事にしていない好きな事であれば真剣になって損はありませんが、

仕事にするのであれば、適当にダラダラやっていく方が上手くいくプロセス・ルールが出来上がっているんです。


このブログもそうで、

SEO対策もしていないですし、無駄に大量の広告を貼り付けてもいません。

でも、読んでいる人がいるならその人が損をしない様に私の経験談や考えを誰の忖度なしに書いています。


これは、私が居た芸能事務所でも同じです。

会社でも、事務所でも芸歴や長年そこに存在するだけで、何かキャリアのある凄そうな先輩、役職が出来上がる。

何か、執行役員です! とかいうと凄そうに見えるじゃないですかw

もちろん、本当に優秀でキャリアアップしている人もいるでしょうが、一握り。

好きだからこそ適当に不真面目にやって、無関心でいた方が苛立ちもせず、ストレスフリーなので緩く登っていけるんです。

そういうルートがこの国には約束されています。


なので、皆さんはビジネス的な正解を求めたいんであれば それが芸術であれ、何であれ

適当に緩く不真面目に思考停止してやった方が安定します。


私は好きなことに対してだけは実直な役者バカなので、

そんな器用な事はできませんが、

どうか、皆様の成功をお祈りしております。

2024年6月24日月曜日

結果は他人が決める事ではない~二流は結果だと思い込む、一流は成長することが結果だと考える~

 人生で1000曲つくりたい作曲家と一曲でもいいから売れて金が欲しいという作曲家が居たとします。


前者に対して1曲も売れないなら意味がないというのはお門違いで、

後者に対して一発屋というのも間違いです。(文章的には合っていますが)


要は、その人がどうしたいか? と、他人から見た評価というのは違います。


別の事例でいくと、


大衆向け音楽ではなく、より厳格なクラシック音楽家として世界で売れたい音楽家と

日本というローカルなポジションでピアノ教室を開き、内容は単純でも小さい子と関わって生きたい人が居たとします。


でも、ピアノ教室を開きたかった人の演奏が偶然、例えば音楽的な権威のある謎のイタリア人に見つかって評価されたとします。

この場合、当人のやりたい事が違うので相手が何であろうと当人にとっては意味がありません。

でも、前者の人がそうであるなら話は変わってきます。


この事から、


「作曲家(イラストレーター)であれば、有名になって売れる事が大前提だ」

という功利(資本)主義的な身勝手な価値観を相手に押し付けるのは理論的に間違いだと言えます。

簡単です。

それは、資本主義的な価値観を持った聴衆(その人)が勝手にそう思い込んでいるだけで、本人の意向ではないからです。


つまり、


「作曲家(イラストレーターや役者)≠有名になって売れるべき業態である」


という事です。


人によっては、


なんでもいいから金が欲しい という音楽家もいれば

なんでもいいから有名になりたい という役者もいるし、

そんなものより本当の技術が欲しい というダンサーもいます。



二流は成長で終わり、一流は結果で終わるというのは考えが少し足りなくて、

人によっては、成長する事=結果である と言えます。

2024年6月15日土曜日

声優事務所の営業畑もまた”オタク” ~演技よりも大切な現代の声優とは、役者とは こういう人が声優事務所に入りやすい~

 キャストに比べると全く華やかではなく、スーツを着ていてピシっとまともに仕事している様に見え易いせいか、見落としがちな事実があります。


それは、最近応募してくる声優志望者だけがオタクな人ではない

という事です。


大体、声優が売れない俳優の小銭稼ぎだった時代を知っている俳優や営業畑の人はオタクではない人が多いですが、

営業畑も、更に言うと音響監督や制作会社もまた殆どオタクです。


オタクな事が悪い と言っているのではなく、傾向や性格の話です。

最近では少なくなってきましたが、現在でも 一人暮らし・子供部屋・おっさん・おばさん・見た目が陰キャ(チー牛)で、

見ている動画が声優やアニメだったり、飾っているグッズだったり

そういうのがあると、凄くバカにされていますよね。(弱者男性とか)


ですが、見落としている事があります。

そういう人がアニメを作り、声優となり、音響監督をしたり、事務所の営業をやっているんです。

もちろん中には、学生時代に超絶モテた美男子イケメンみたいなのも居るかもしれませんが、

ガチのオタク(というか理系)ってやっぱり共通項があります。

そもそも、自分の外見や交遊より趣味を優先する人なので、見た目に気を使わないとか共通していると思いますね。

コミケの臭いが異常というのが毎回話題に上がるのはそういう所からきているんじゃないでしょうか



もちろん、それは性格にも関係性があります。

インドアな趣味とアウトドアな趣味で、

インドアな趣味を多く持っていればいる程、リアルで対面する機会は減りますから、コミュ障になりやすいです。

そういったオタクな性格を持っていると、声優として応募した時に落とされる要因になるのでは?

と思う人も居ますが、ソレは違います。

なぜなら、そもそもこの業界は視聴者も、制作も、演者も9割のオタクで構成されているからなんです!


なので、むしろ、オタクじゃない人の方が落ちるというか、売れないです。

陰キャにモテるのは陰キャです。安心してください!


という訳で、本題の こういう人が入りやすいというのを紹介します。

演技が大事とか学生時代なにやったーみたいな2000年のAIでも書けそうな定型文とかウソを一切抜きにして、

どこにも書いていない真実をお話します。



1.オタクな人

上記の通り。

購入者がオタクなのだからオタク向けビジネスをする。つまり制作側もオタクでなければ成立しない。


2.世間にケンカを売らない人

身辺管理です。

ここらへんはご存知だと思うので多くは書きませんが、重要なのは”世間に”です。

合法であっても世間が許さなければそれは違法も同然であるという法治のマネごとをしたエセ法治国家なので

良いか悪いかはさておき、推しが結婚をして炎上する というのは今回の代表例ですね。


3.ルールや行動に疑問を持たない人

声優に限らず、芸能界は下手したら二昔前のブラック業界です。

平気でハラスメントや違法な事が沢山まかり通ります。正社員でも同じですが、比ではありません。

そして、芸能という悪い意味で特殊な分野なので、企業みたいに労基や監査が入りづらいですし、密告もしづらいです。(バレたら自分に仕事が回らなくなるから コネの世界なので)

なので不利な契約やルール、制作側の言動や事務所の言動や行動に疑問を持たず、ハイ!

とだけ答えられる人は向いています。

中にはキャストの意向優先!という事務所もあるかもしれませんが、

考えても見てください、自分が上司だったとして、部下が仮に正しい論理展開をしてもじゃあ制作側にそのまま伝えるのか、次の仕事をもらえなくなる、キャスト側を封殺した方が早い!

てなりますよね。

て言うので限界があります。


4.アイドルムーブができる人


今の声優、俳優はアイドルです。

違う!と思いたがる人もいますが、それは視聴者側だけに許された感想です。

キャスト側になるのなら、ほぼアイドルとなった事を自覚しなくてはなりません。

そうでないと貴方はマネージメントの対象にはならないでしょう。


簡単な話です。

声優が顔を出す、ということは ミッキーが顔出しで踊っているのと同じです。



5.実力よりも協調性


芝居が他の芸術と違うところは、団体である という所です。

1人だけ実力があっても浮いて逆に下手に見える という現象がおきます。


例えば、オンドゥルの仮面ライダーで山路さんという外画でも活躍できるベテランの人がいるのですが、他キャストの経験年数が短いせいかネタにされてクオリティが低く見える

という現象が起きます。(仮面ライダーは新人の初々しさみたいなのが逆に完成度を高めるとか、グラビアアイドルを出すという事もやっているので宮崎駿監督の様な声優は使わん!という自然体を求める形に近い気がします。

メリットなので、私は好きなのですが)


ジャニーズの風間さんが演じていた遊戯王の方でも、

初期の方で高橋さん演じる城之内との掛け合いが、それなりに経験のある人なのにまるで一人語りしている様な間や様相がある。

という現象もわかりやすいですね。まだ、武藤遊戯を形にするまで時間がかかっていた頃なので。


芸術において曖昧な実力の定義なんかより、絶対に遅刻をしないとか、

相手に楯突かないというコミュニケーションの潤滑性の方が大事です。


NARUTOのカカシを演じていた井上さんも 自社の求める人材で”実力”に類する言葉は一切発さず、

”一緒に仕事していて楽しい人”を求めると言っています、



個人であれば、実力だけあって人の意見を聞かないガンコな職人肌が適合者なのですが、

残念ながら団体なので、技術よりも人の話が聞ける ってことの方が重要です。



なんかまた思いついたら更新しまーす✋️




多芸に無芸 代えのきくマルチタレント化について

 人生は使える時間が決まっています。


最近では、マルチに活躍できる 多才である事を売りにするビジネスが増えております。

演技しかできないと言う売り方よりも、

歌、踊り、演技、ビジュアル、絵が描けるという方が確かにプロモーションをかけやすいですし、何だか凄そうに見えます。


だけれども、よく考えてください。

芝居(や歌)ってそんなに下手の横好きをしていられる程、簡単に極められる分野でしたっけ?


歌もダンスも演技も頑張りたいです!という人が居たとして、

よく聞くとそれは当たり前で、

できるものなら皆、やりたいというか持っていて損はないです。

至極当たり前なので、間違ってはいませんが


例えば、中学生の中間テストがわかりやすいです。

国語 数学 英語 理科 社会 の5科目あったとして、

勉強する時間が前日の1時間しか無かったとします。


どんなに頭の良い人でも、どの問題がどういう形式で出されるかまでは分からないので、

国語だけを1時間勉強した人と、5科目全てを均等に勉強した人とでは点数の差が開きます。

これは100時間でも、ニンゲンの寿命でも同じです。


手練手管で一丁噛みする事そのものが悪いことだとは言っていません。

分野ではなく、人生という尺度で見れば使える時間が決まっているからこそやってみたい事をやりたいだけ手を出す、という考え方は間違っていません。

しかし、アレコレと手を出せば出すほど、一つのものに使える時間は必ず減っていきます。


そして、残念ながら内容よりも華やかに見える事が芸能やエンタメでは重要なので、

●●(芝居、歌)しか考えていません!というタイプは、一部の古い演者側には好かれたとしても、彼らはマネージメント(営業)側ではないので、

売る能力も権限もなく、

営業側に好かれるアピールをした方が売れやすいですが、

仮に営業側の人に古い価値観の人がいて、一本筋通った人を募集していたとしても、

今度は世間が見向きもしないので、売れません。

(具体的には、同じデザインの服があったとします。安い無名ブランドと、高級として知られる会社のロゴが入った服とでは、内容が同じでも売れ方に差が出ます。

或いは、それが”流っている”か、”流行っていないか”が売れ行きに影響します。

要は内容ではなく”流行っている”かどうかが日本の全体基準で、それが何故、流行っているか?は考えません。

ハンドスピナーがそうですが、使い道もないのに流行しましたよね

因みにヨーロッパやアメリカの様な大陸となってくると、日本の様な小さい島国で起こりがちな一つの何かが流行るというのは無いので、皆が知っている共通項といえば、大統領選挙とか国王の名前ぐらいです。)


余談ですが、流行っているからある二輪車を買ったという人がいて、

何で流行ってるの? と質問した女性がいました。

その人は、何で流行ってるか聞かれても困る😠

と言っていました。


この人は、何かを売る為に意図的に作り出された流行にまんまとハメられた最下層の”消費”者なので、

何で流行ってるかは知る由もありませんし、

何で流行ってるかをそんな人に聞いた質問した女性もまたミステイクなんですね。


つまり、芸術でビジネスを行うという事は、

センスの無い(もしくは頭の悪い)多数派に多くのお金を出してもらう為に、

時にはごまをすり、媚を売り、時には、何の意味もないものを流行している、何故かよく見かけるからあげ屋の金賞と同じく、そのキャストを売り込む為に作られた●●コンテストや、主演賞みたいなものを捏造したり、データも出さず大好評という売り文句で扇動する必要があるのです。


その方が、華やかに見えて皆が見向きします。

2024年6月11日火曜日

芸術は誰もが行う資格があるが、唯一例外がある(こういう人だけはやる資格がない)

 とあるフルートを吹いている人が、ビブラートをかけている歌手は上手い、そのビブラートはボイトレに行っても生まれ持った才能でビブラートをかけている人には”絶対に”敵わない

と書いていました。


質問できるスペースも無いですし、する気も失せていますが、あえて質問し、皆さんに教訓にして貰いたいと思います。


Q.

ビブラートをかけた歌=上手いという事と、

”絶対に”才能には勝てない という事を、

音響学のデータを用いて説明してください。



答えは、不可能です。

なぜなら、答えが出ないのが芸術であるからです。


ビブラートをかけた歌=上手い というのも誤りです。

スピッツのクサノさんは殆どかけていませんが有名で売れていますよね。(有名で売れている事が正しいかではなく)

ビブラートのかかった歌が上手い(どの程度?)と勝手にその人が感じただけです。

それを無理矢理、一般化したと

純正律から見て平均律はおかしく感じます。双方から見てアラビア音階はおかしく感じます。

しかし、アラブの人達からするとアラビア音階は良く聞こえます。


(※ボイトレ教室の効果については著者も懐疑的です。

もちろん、通っても良いですがピンキリですし、何を以て歌が上手くなったのかは人によるので)


本題ですが、こういった何の根拠もない独善的な感想で”絶対”という言葉を使って他人の可能性を阻む人だけは芸術をやる資格がないです。

どんなに才能がなくともやりたくて行っているなら誰も貴方を止める事はできません。(そもそも才能とは?定義化できないでしょう。)


また、論理的な理由もなく他者を下げる事でしか自分(または自分の推している対象や信仰している何か)を上げる事のできない人です。

盲目なファンの人に多いですが、具体的には●●はダメ、●●よりすごい! という人です。

芸術に優劣はありません。

小学校の前に学生が描いた絵が飾っていたりしますが、ぐちゃぐちゃで酷い絵とも言えますし、小さい子にしか捉えられない純粋な特徴を捉えている とも言えます。


結局は捉え方次第の世界なので、どんなにおかしく見えたとしてもその人が真剣に向き合って出来た作品であるならば認めるべきです。


因みに、今回と前回書いた(調理師と主婦)記事が、著者がブロガーを初めた理由です。



芸術の世界でプロを主張するのはイケメン(美女)と自称する様なもの(調理師と主婦)

IT界隈ではあまり見かけない気がしますが、

芸術界隈となると プロです。 プロは~ などと前置く人がいます。

題目に書いた通り、調理師(肩書)免許など無くとも、誰もが料理をします。

一人暮らしの大学生だってしますし、小学生でもします。

キャビアやフォアグラ等の高級な希少珍味など使わなくとも、

フランスで修行したシェフでなくとも、

美味しい料理は作れますよね。


芸術の世界でも同じです。

誰もが日常の中で芝居をしていますし、絵を描いている人もいます。


芸術史の中で、ギルドに加入していない画家は画家を名乗ってはいけない

という横暴や、ロシア構成主義の一つにヒトラー政権にとってマイナスになる様な芸術作品を作ってはならない

という時代がありましたが、今はそうではありません。


そもそも、何を以てプロとするかは人それぞれです。

有名であるか、金持ちか、技術か。


有名でも、実力のない有名無実という言葉もあり

画家として売れ世界では知られても日本では大衆向け漫画の方が知られているパターンもあって、

歴代の蓄積された技術があるのに、製法が特殊すぎてチェーン化できず廃れてしまった伝統文化や古い店もある。


今はSNSですぐにマネタイズする事が可能で、

1円以上稼いでいれば定義上”稼ぎがある”と言えますし、食える様になるとは言っても、

無欲な人なら月5万もあれば生活できます。


では、現代で”プロ”という肩書が何の意味を成すのですか?

芸術とは、誰もが表現する権利を持った表現形態(方法論)であり、”本来は”食わす為にあるものではありません。

(※稼ぎにつなげてもよいですが、本文は想いを創造する事にあって現代で言う所の”趣味”が本来の形であるという意)


それくらい、プロとは曖昧な言葉です。


IT界隈では、金や権利に固執せず良い技術を自由や社会の為に使い、独占しないOSS(オープンソース)や自由ソフトウェア運動、そのライセンスがあります。

そういった自由性の元で成立してきた事が土台にある分野だからなのか、現代でも私はエンジニアだ!(キリッ

という人は本当に一流な人では、あまり見かけません。


芸術の世界でも、元々はニンゲンの祖先が自由に踊ったり石を叩いて奏でていた分野であることは同じハズなのですがね。

がおうぱっぱ は意外と悪いことしていないという事を解りやすく法律も交えて弁証してみる

 この件について深く知っているワケでも調べたワケでも無いんですが、そこが逆にメリットなのかなと思い書くことにしました こういうのって、真相は当人しか知らないし、ましてやコレコレみたいな陰湿な負が集まる場所で暴露すると変な尾鰭がつきますね(だからこそ裁判という正式な場があるんですが...