人生で1000曲つくりたい作曲家と一曲でもいいから売れて金が欲しいという作曲家が居たとします。
前者に対して1曲も売れないなら意味がないというのはお門違いで、
後者に対して一発屋というのも間違いです。(文章的には合っていますが)
要は、その人がどうしたいか? と、他人から見た評価というのは違います。
別の事例でいくと、
大衆向け音楽ではなく、より厳格なクラシック音楽家として世界で売れたい音楽家と
日本というローカルなポジションでピアノ教室を開き、内容は単純でも小さい子と関わって生きたい人が居たとします。
でも、ピアノ教室を開きたかった人の演奏が偶然、例えば音楽的な権威のある謎のイタリア人に見つかって評価されたとします。
この場合、当人のやりたい事が違うので相手が何であろうと当人にとっては意味がありません。
でも、前者の人がそうであるなら話は変わってきます。
この事から、
「作曲家(イラストレーター)であれば、有名になって売れる事が大前提だ」
という功利(資本)主義的な身勝手な価値観を相手に押し付けるのは理論的に間違いだと言えます。
簡単です。
それは、資本主義的な価値観を持った聴衆(その人)が勝手にそう思い込んでいるだけで、本人の意向ではないからです。
つまり、
「作曲家(イラストレーターや役者)≠有名になって売れるべき業態である」
という事です。
人によっては、
なんでもいいから金が欲しい という音楽家もいれば
なんでもいいから有名になりたい という役者もいるし、
そんなものより本当の技術が欲しい というダンサーもいます。
二流は成長で終わり、一流は結果で終わるというのは考えが少し足りなくて、
人によっては、成長する事=結果である と言えます。
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