2024年6月15日土曜日

多芸に無芸 代えのきくマルチタレント化について

 人生は使える時間が決まっています。


最近では、マルチに活躍できる 多才である事を売りにするビジネスが増えております。

演技しかできないと言う売り方よりも、

歌、踊り、演技、ビジュアル、絵が描けるという方が確かにプロモーションをかけやすいですし、何だか凄そうに見えます。


だけれども、よく考えてください。

芝居(や歌)ってそんなに下手の横好きをしていられる程、簡単に極められる分野でしたっけ?


歌もダンスも演技も頑張りたいです!という人が居たとして、

よく聞くとそれは当たり前で、

できるものなら皆、やりたいというか持っていて損はないです。

至極当たり前なので、間違ってはいませんが


例えば、中学生の中間テストがわかりやすいです。

国語 数学 英語 理科 社会 の5科目あったとして、

勉強する時間が前日の1時間しか無かったとします。


どんなに頭の良い人でも、どの問題がどういう形式で出されるかまでは分からないので、

国語だけを1時間勉強した人と、5科目全てを均等に勉強した人とでは点数の差が開きます。

これは100時間でも、ニンゲンの寿命でも同じです。


手練手管で一丁噛みする事そのものが悪いことだとは言っていません。

分野ではなく、人生という尺度で見れば使える時間が決まっているからこそやってみたい事をやりたいだけ手を出す、という考え方は間違っていません。

しかし、アレコレと手を出せば出すほど、一つのものに使える時間は必ず減っていきます。


そして、残念ながら内容よりも華やかに見える事が芸能やエンタメでは重要なので、

●●(芝居、歌)しか考えていません!というタイプは、一部の古い演者側には好かれたとしても、彼らはマネージメント(営業)側ではないので、

売る能力も権限もなく、

営業側に好かれるアピールをした方が売れやすいですが、

仮に営業側の人に古い価値観の人がいて、一本筋通った人を募集していたとしても、

今度は世間が見向きもしないので、売れません。

(具体的には、同じデザインの服があったとします。安い無名ブランドと、高級として知られる会社のロゴが入った服とでは、内容が同じでも売れ方に差が出ます。

或いは、それが”流っている”か、”流行っていないか”が売れ行きに影響します。

要は内容ではなく”流行っている”かどうかが日本の全体基準で、それが何故、流行っているか?は考えません。

ハンドスピナーがそうですが、使い道もないのに流行しましたよね

因みにヨーロッパやアメリカの様な大陸となってくると、日本の様な小さい島国で起こりがちな一つの何かが流行るというのは無いので、皆が知っている共通項といえば、大統領選挙とか国王の名前ぐらいです。)


余談ですが、流行っているからある二輪車を買ったという人がいて、

何で流行ってるの? と質問した女性がいました。

その人は、何で流行ってるか聞かれても困る😠

と言っていました。


この人は、何かを売る為に意図的に作り出された流行にまんまとハメられた最下層の”消費”者なので、

何で流行ってるかは知る由もありませんし、

何で流行ってるかをそんな人に聞いた質問した女性もまたミステイクなんですね。


つまり、芸術でビジネスを行うという事は、

センスの無い(もしくは頭の悪い)多数派に多くのお金を出してもらう為に、

時にはごまをすり、媚を売り、時には、何の意味もないものを流行している、何故かよく見かけるからあげ屋の金賞と同じく、そのキャストを売り込む為に作られた●●コンテストや、主演賞みたいなものを捏造したり、データも出さず大好評という売り文句で扇動する必要があるのです。


その方が、華やかに見えて皆が見向きします。

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