IT界隈ではあまり見かけない気がしますが、
芸術界隈となると プロです。 プロは~ などと前置く人がいます。
題目に書いた通り、調理師(肩書)免許など無くとも、誰もが料理をします。
一人暮らしの大学生だってしますし、小学生でもします。
キャビアやフォアグラ等の高級な希少珍味など使わなくとも、
フランスで修行したシェフでなくとも、
美味しい料理は作れますよね。
芸術の世界でも同じです。
誰もが日常の中で芝居をしていますし、絵を描いている人もいます。
芸術史の中で、ギルドに加入していない画家は画家を名乗ってはいけない
という横暴や、ロシア構成主義の一つにヒトラー政権にとってマイナスになる様な芸術作品を作ってはならない
という時代がありましたが、今はそうではありません。
そもそも、何を以てプロとするかは人それぞれです。
有名であるか、金持ちか、技術か。
有名でも、実力のない有名無実という言葉もあり
画家として売れ世界では知られても日本では大衆向け漫画の方が知られているパターンもあって、
歴代の蓄積された技術があるのに、製法が特殊すぎてチェーン化できず廃れてしまった伝統文化や古い店もある。
今はSNSですぐにマネタイズする事が可能で、
1円以上稼いでいれば定義上”稼ぎがある”と言えますし、食える様になるとは言っても、
無欲な人なら月5万もあれば生活できます。
では、現代で”プロ”という肩書が何の意味を成すのですか?
芸術とは、誰もが表現する権利を持った表現形態(方法論)であり、”本来は”食わす為にあるものではありません。
(※稼ぎにつなげてもよいですが、本文は想いを創造する事にあって現代で言う所の”趣味”が本来の形であるという意)
それくらい、プロとは曖昧な言葉です。
IT界隈では、金や権利に固執せず良い技術を自由や社会の為に使い、独占しないOSS(オープンソース)や自由ソフトウェア運動、そのライセンスがあります。
そういった自由性の元で成立してきた事が土台にある分野だからなのか、現代でも私はエンジニアだ!(キリッ
という人は本当に一流な人では、あまり見かけません。
芸術の世界でも、元々はニンゲンの祖先が自由に踊ったり石を叩いて奏でていた分野であることは同じハズなのですがね。
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