2024年6月11日火曜日

芸術は誰もが行う資格があるが、唯一例外がある(こういう人だけはやる資格がない)

 とあるフルートを吹いている人が、ビブラートをかけている歌手は上手い、そのビブラートはボイトレに行っても生まれ持った才能でビブラートをかけている人には”絶対に”敵わない

と書いていました。


質問できるスペースも無いですし、する気も失せていますが、あえて質問し、皆さんに教訓にして貰いたいと思います。


Q.

ビブラートをかけた歌=上手いという事と、

”絶対に”才能には勝てない という事を、

音響学のデータを用いて説明してください。



答えは、不可能です。

なぜなら、答えが出ないのが芸術であるからです。


ビブラートをかけた歌=上手い というのも誤りです。

スピッツのクサノさんは殆どかけていませんが有名で売れていますよね。(有名で売れている事が正しいかではなく)

ビブラートのかかった歌が上手い(どの程度?)と勝手にその人が感じただけです。

それを無理矢理、一般化したと

純正律から見て平均律はおかしく感じます。双方から見てアラビア音階はおかしく感じます。

しかし、アラブの人達からするとアラビア音階は良く聞こえます。


(※ボイトレ教室の効果については著者も懐疑的です。

もちろん、通っても良いですがピンキリですし、何を以て歌が上手くなったのかは人によるので)


本題ですが、こういった何の根拠もない独善的な感想で”絶対”という言葉を使って他人の可能性を阻む人だけは芸術をやる資格がないです。

どんなに才能がなくともやりたくて行っているなら誰も貴方を止める事はできません。(そもそも才能とは?定義化できないでしょう。)


また、論理的な理由もなく他者を下げる事でしか自分(または自分の推している対象や信仰している何か)を上げる事のできない人です。

盲目なファンの人に多いですが、具体的には●●はダメ、●●よりすごい! という人です。

芸術に優劣はありません。

小学校の前に学生が描いた絵が飾っていたりしますが、ぐちゃぐちゃで酷い絵とも言えますし、小さい子にしか捉えられない純粋な特徴を捉えている とも言えます。


結局は捉え方次第の世界なので、どんなにおかしく見えたとしてもその人が真剣に向き合って出来た作品であるならば認めるべきです。


因みに、今回と前回書いた(調理師と主婦)記事が、著者がブロガーを初めた理由です。



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