2024年8月27日火曜日

資本主義は才能の無い人をプロにする偽物製造装置

という、まあまあのタイトルで書き始めたんですが、的を射てるなあと思ったので紹介します。
(書いてることはいつもと同じですがw)


私にとって働くとは、生物としての生きるという事なので、死ななければ生命活動を行っている→働いている
なのですが、

日本の一般的には金を稼ぐ(配信者やトレーダーはいくら稼いでも仕事として断固認めない人もいるので、正確には世間が好む真っ当な肩書を持った上で) という事だと思います。


自分の中で答えが出ているので、もう なぜ働かなければならないのか? について考えることは若い時に終わりましたが、

なぜ人は働くのだろう? という前向きな見地からはあんまり考えていなかったのかもしれません。

現代では、働かなければ金が稼げない=死ぬから 仕方なく働く
仕事とは、人がやりたくないことを代わりに行って対価を得る

9割はこの辺りだと思います。


しかし、金というものが導入されていなかった過去、その世界を想像してみてください。

最低限の生活が保証されます、という状態があって、何もしないただ寝るだけの人というのも少ないんではないでしょうか。
そこで生まれてくるのが趣味です。
金、時間、承認欲求、権利 それらを全て差し引いて残る自我の部分、
これこそが本当の適正であり、才能です。

誰に何を言われようとも絶対に拭うことも止めることもできない核。
私であれば、役者となります。

ここまでの何もしなくていい状況とは、あくまで概念や理論上の説明をしたかっただけで、
でも、何もしなくても良い状況なんてそんな美味しい話ないでしょ
と現実はどうか?と思う人もいるでしょうが、
あるのです。

実際に、フランスではアンテミルタンと呼ばれる収入が不安定な芸術家に対する最低給料を保証する制度もあり、
韓国では、こちらでいう義務教育の中に舞台(俳優)芸術があって、芸術講師になりやすくする体制もあり、
日本でも、なぜか合法であるのにタブー視されてはいるものの、生存権(生活保護)があります。(ハリポタで有名なJKローリングも生活保護でした。)


家系が医者一族で仕方ないから医者になる、
稼がないといけないから、その中で楽そうな絵描きや役者としてチヤホヤされつつ金も得たらいいなと思う、

お金の為に◯◯をする、と言った あくまで 何かを描く事や誰かを救う事が優先度の最上位に来ていないまるで本質的ではない人たちを省く事もやろうと思えば可能になっています。
(タブー視をガン無視してナマポの民として好きなスキルを身につけるとか、実力の高く制度の整っている海外へ行くとか)


実際問題、周りを気にしすぎる人が多いのも、習っているはずの英語ができない人も多く、
海外へ行くこともナマポ民としてやっていく人も極少数なのですが。

嫌なことを無理やり続けて生産性を下げるより、権利を行使して好きなことを伸ばすというのはアリじゃないでしょうか。

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