某有名vの方が、音楽なんてあってもなくても困らない 一部の天才だけ居ればそれでいい
と言っていましたが、まずこれは事実です。
(多分、芸術が不要という論理的な事実ではなく自身が感じた体験を主軸にして話したかったのだと思いますが)
展開すると、
無能が消えて一部の天才だけが残ると、比較対象を失うのでその人達は天才ではなくなります。
例えば、世界基準でいくと日本人は低身長ですが、
低身長が居なくなれば高身長は”高い”とは言えなくなります。
また、一次産業と言われている人間のライフラインに関わる業種(農家とか)は無くなると人間は死にますが、芸術はなくても死にません。
音楽があるから頑張れるんだ! とかいう頭足りない人も居ますが、これは優先度の話です。
この世から無くなっても困らない順に業種を引いていった時に残るのが農家さんなどの産業だと言うことです。
飢餓状態で音楽を楽しむ事はできません。
裕福な国だからこそ芸術が生まれるのです。
ところで、音楽において有能や天才とは誰の事を指すのでしょうか。
ELTのいつくんさんは、自身のyoutubeチャンネルで音楽理論を知らずに有名な曲を作っていたと言っていますが、
ヒットする曲は作っていて知られているが、知識は無い(勉学的には浅い)という事になります。
(※筆者もELTの曲は好きです)
小室哲哉さんは裏方である作曲家の中でも有名な方ですが、
それでも一般的な人や今の若い人の認知度は恐らく低く、
「この曲は小室哲哉さんという人がこういうコードでこういう理論を使っていて~」
と語り始めたら、多くの人は「何だこのオタク!?」と引かれてしまうでしょう。
モーツァルトやベートヴェンは技術のある音楽家だと思われますが、
義務教育の授業外で好き好んでクラシックを聴くような人間は多数派でしょうか。
皆分かりやすいJPOPを聴いていますね。
技術や理論を体系化した偉人でも授業を義務化しなければ覚えられてすらいないでしょう。
この様に、技術(知識)、金、有名度は全て別方向で、
売れていても技術が伴わなければプロとは認めない人もいれば、
技術があっても有名じゃなければ価値がないと判断する人もいます。
つまり、天才やプロ、才能、神という言葉は現代では定義のない曖昧な言葉で、
軽々しく使うこともできれば、厳格に使うこともできるゆるふわな言葉なのです。
貴方にとって、天才の定義とはなんでしょうか。
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